グロスマンアカデミー 生徒作品ブログ

Grossman Academy Students Opinion Blog

【生徒作品】 大沼 圭 5歳

without comments

【生徒作品】 大沼 圭 5歳

「メロンを育てよう」

ぼくは、メロンをはんぶんに切って、タネをスプーンで出しました。タネを水で洗いました。かぞえてみると、ぜんぶで、600こだった。1つのタネは1つのさいぼうで、1つのなえがでる。つまり、1つのメロンから、600こい上のメロンができるということ。

電子版投稿者: グロスマンアカデミー

July 17th, 2017 at 8:04 am

カテゴリ: 生徒作品,大沼 圭

【生徒作品】清水亮翔 12歳

without comments

【生徒作品】清水亮翔 12歳

「アインシュタインはなぜエンジニアにならなかった」

アルバート・アインシュタインは1879年にドイツのウルムという小さな町でユダヤ人の家に生まれた。お父さんはヘルマンという温和な実業家で、お母さんのバウリーネは、物静かで、ピアノに興味があった。お父さんには、ヤコブという電気技術の弟がいて、数学に関心を持ち、若いアルバートについ良い影響を与えた。

天才的な人は、幼い時から優れた才能で大人を驚かし、そのため神童などと言われる人もいる。しかし幼い頃のアインシュタインは、喋り始めるのが比較的遅かったので、周りの人が心配していたという話がある。しかも自分が話したことをもう一度繰り返していう癖があり、いうことがたどたどしく、そのためか、かんしゃくの発作を爆発させることもあったそうである。

そして彼は考えるのに時間がかかったが、物事を突き詰める性格に育っていった。例えば、彼が4歳か5歳の時、お父さんから方位磁石を見せてもらった。磁石で遊ぶ子供は世の中にたくさんいるが、それがアインシュタインに与えた驚きは衝撃的だった。磁石を移動させて回転させてみたりした時、その針は常に一定の向き(北)を刺そうとする。

普通の人だとなぜ北に向くのかと思わない。気づいた人がいたかもしれないが、その不思議さについて考えぬくことができなかった。しかしアインシュタインは違う。彼はなぜ磁石が北に刺すのかと疑問に思った。そしてここで終わるのではなく、その疑問をアインシュタインは追求した。

アインシュタインが疑問に思ったのは、磁石だけではない。また、光についても、重力についても、普通の人が気づかないでいたことに気づいた。

アインシュタインは、「人は幼い時から見慣れているものをみても驚きませんが、見慣れているものが全く矛盾する動きをしたりすると、大きな驚きを受けます。このような驚きによって考え方が開けるのだ」といった。

アインシュタインがエンジニアになぜならなかったというと追求したいからである。エンジニアは、何かものを作る。しかしアインシュタインはその反対であり、すでにあるものを掘り出し、追求したかったからであると考える。

電子版投稿者: グロスマンアカデミー

July 16th, 2017 at 12:52 pm

カテゴリ: 生徒作品,清水 亮翔

【生徒作品】清水亮翔 12歳

without comments

【生徒作品】清水亮翔 12歳

「日本の昔話の『うばすて山』には何が書いてあるの?」

昔60歳を超えたら山に捨てるという国があった。どんな親孝行でもこれを守らなければいけない。そして、ある村に、とても親孝行の息子がいた。その母親にもその時がやって来た。
その晩息子は母親に、母親の好きなものをたくさん食べさせた。食べ終わった後、息子は母親を背負い、山へと向かった。山が深くなると、パチパチという音が背中のところから聞こえて来た。何をしているのかと聞きたかったが、母親を背負って、転ばないように気を配るだけで、精一杯だった。

とうとう、母親を置いていく場所に着いた。すると母親は、「私のことは暗示なくても良い。何より、お前の身が、一番じゃ。帰りに迷わぬように、枝を折って、印をつけて置いたからな。早く帰らねば、日がくれてしまう。早くいけ。早くいけ」と言った。それを聞いた息子は、どうしても母親を置いて帰ることはできなかったので、母親と家に帰った。誰にも見られないように、夜になるのを待って家に帰り、母親を床下に隠した。

それからしばらくしたある日である。息子の住んでいる国様が、隣の国から、三つの難題を突きつけられ、答えられなければ、隣の国が攻めてくる。その三つの難題とは、七つの曲がりが歩きの筒に糸を通せ、1人でなる太鼓を作れと灰で縄を萎えである。息子がいる村でも大騒ぎになった。そのため、息子は夜になると、母親にこのことを話した。するとお母さんは笑って、すべての難題の答えを言ってしまった。息子は母親に教えられたようにやってみると、きちんとできた。

早速息子は、村の長にそれを見せた。そして村の長は、すぐさま、殿様のところに持っていた。すると王様は驚き、こんな難題を解けるものなど、自分の国にはいないと、諦めかけていたからである。これでもう隣の国から攻めてこられないようになった。

殿様はこの難題をといた人に会いたいと言った。そして息子は、との様の前に連れて行かれた。すると息子は、これは自分の知恵ではないと言い、自分の母親のことを話した。
すると殿様は、初めて自分の過ちに気づいて、年寄りを山に捨てる決まりを、辞めることにした。それからは、どの国よりも年寄りを大切にする国になった。

この話には日本の昔話にしかない。年寄りを大事にするのは、日本である。もし年寄りの人が重たい荷物を抱えていたら、それを自分は助けないといけない。このような年寄りを大事にするということは、日本の昔話から伝わっていることがわかる。
しかもこの話には、自分より他人のことを考えるということが書いてある。母親はピンチの時でも、息子のことを考えた。自分が山に捨てられるというのに、枝を折って息子が迷わないようにその折った枝を地面に落とした。

もう1つこの話の中に、私たち日本人に伝えたいことがある。それは少子高齢化のことである。現在日本は少子高齢化という問題を抱えていて、子供が頑張っていて、お年寄りの方が多くなっている。この問題を日本人は悪い面で扱っている。しかしお年寄りの知識や経験を生かして、日本の経済をあげ、中国を抜かすかもしれないと考える。

電子版投稿者: グロスマンアカデミー

July 16th, 2017 at 12:38 pm

カテゴリ: 生徒作品,清水 亮翔

【生徒作品】清水さくら 8歳

without comments

【生徒作品】清水さくら 8歳

「うばすて山をよんで心にのこったこと」

 私がうばすて山をよんで心にのこったことは、むすこにしょうわれた母おやがかえりにむすこがまよわないようにえだをパチパチとおってしるしをつけていたばめんです。これからすてられる自分のことよりもむすこのことを考えていることがわかるからだ。

 むすこも母おやを山においていかずにだれにも見えないようにゆか下にかくした。

 むすこと母おやはおたがいおもいやっていて、じゅげむにでてくるおやこのじょうあいがうばすて山にもある。

 もう1つ心にのこったことは、とのさまがだした3つのなんだいを母おやがかんたんにといたことだ。この国には60さいいじょうの人はいないから、だれもなんもんをとくことをできなかった。でもこの母おやは長く生きていてけいけんと知えがあるからとくことができた。とのさまもそれで取りよりを山にすてるのはまちがいだときがついてルールをかえた。

 年よりは国をすくうことさえできる。

 今、日本では高れいしかがもんだいしだといっているけど、ほんとうは大チャンスのはずだ。お年よりのもっている知えやけいけんをいかして、日本をもっとゆたかにできるチャンスだからだ。日本人ももういちどうばすて山をよんだほうがいいとおもう。

電子版投稿者: グロスマンアカデミー

July 16th, 2017 at 12:33 pm

【生徒作品】清水さくら 8歳

without comments

【生徒作品】清水さくら 8歳

「夏の空に私が見つけたもの」

青い空に
クレヨンでかいたみたいな
ひこうき雲

だんだんうすくなっていく
ひこうき雲のその先に
日本のおじいちゃんと
おばあちゃんお
かおを見つけたよ

1年に1どだけ
夏になると会えるんだ
おりひめとひこぼしみたいに
1年に1どだけ

また来年までまっててね
元気でいてね
私もアメリカでがんんばるよ

もういちど空を見上げたら
ひこうき雲は
きえちゃった

でも私の目にも心にも
おじいちゃんとおばあちゃんは
のこっている

電子版投稿者: グロスマンアカデミー

July 16th, 2017 at 11:40 am

【生徒作品】 中村美奈 10歳

without comments

【生徒作品】 中村美奈 10歳

詩「鉄筋コンクリートと虫」

萩原朔太郎さんの書いたエッセーに出てくる「私」は
「鉄道コンクリート」と言う言葉を
ものすごく気になって
本当の意味を探していて
他の人から変な人と思われたが
ある日「虫」というのが本当の意味だと閃いた

私もこの人の気持ちがなんとなくわかる
私が3年生の時「Uranus(天王星)」という言葉が
ただの惑星とは思わず
不思議な違和感を感じ 
あるとき「目と石」という言葉が
「Uranus」にぴったりあうような気がして
パズルが当てはまったような
嬉しい気持ちがした

他の人にとっては
目や石がなぜ天王星に関係あるのか
意味がわからず
私を変な人だと思うだろう

その関係は私にしかわからない
だから他の人に説明したってわからない

一人一人にそういう言葉があるかもしれない
その人にしか関係はわからないけれど
その人にとってはぴったりわかる言葉

電子版投稿者: グロスマンアカデミー

July 15th, 2017 at 11:23 pm

カテゴリ: 生徒作品,中村 美奈

【生徒作品】 中村美佳 4歳

without comments

【生徒作品】 中村美佳 4歳

短歌「朝」

朝おきて
にわのしょくぶつ
水あげる
たいようひかって
こうごうせいだ

電子版投稿者: グロスマンアカデミー

July 15th, 2017 at 11:20 pm

カテゴリ: 生徒作品,中村 美佳

【生徒作品】大薮 絢季羅 7歳

without comments

【生徒作品】大薮 絢季羅 7歳

「ごんべえのおてつだい」

むかしあるところに、ごんべえという名前のちのめぐりのわるい男の子がいました。
ごんべいはよくあばれてものをこわすので、お母さんに「ものをだいじにしなさい。しずかにしなさい!」とよくいわれていました。

ある日となりまちのおばあちゃんからてがみをもらい、おばあちゃんのいえにおてつだいをしにいくことになりました、
そうじやおてつだいをして、ごほうびにアイスクリームをもらいました。
ものをだいじにしなさいといわれていたので、ごんべいはアイスクリームをだきしめてかえりました。
アイスクリームはとけて体中ベトベトになりました。
おかあさんはびっくりして
「そういうときはかたてでもってはやくはしってかえるんだよ」といいました。

つぎの日またおばあちゃんのいえにいっておてつだいをして、そうじをした。
こんどはおなべにスープをもらいました。
ごんべえは、須^ぷをなかにいれたおなべをかたてでもってはしってかえりました。
いえについたときには、おなべの中にはスープはほとんどなかった。ほとんどこぼれてしまった。おかあさんはびっくりして、あきれて、これからはおばあちゃんのいえには私がいくといいました。

つぎの日おかあさんがおばあちゃんのいえにいくことになった。
教はいえでパーティがあるからケーキを5こやいていた。
おかあさんはごんべえにるすのあいだしずかにまっていなさい。といいました。
ピンポーン
とベルがなりおきゃくさんがきました。
ごんべえは、おとをたてないように、ケーキをドアまでならべて、ケーキのうえをあるいてドアまであしおとをたてないようにいきました。

電子版投稿者: グロスマンアカデミー

July 12th, 2017 at 8:12 pm

【生徒作品】大薮絢季羅 7歳

without comments

【生徒作品】大薮絢季羅 7歳

「ニューヨークのエネルギー」

ガヤガヤガヤガヤ にぎやかだ
ガーププー クラクションのおと
ニューヨーク、7月のまち
あつい、しっけがある
ベタベタ あせがにじみでる
ぷーん
たばこのにおい
こうじのアスファルトのにおい
ほこりのにおい
たくさんの「じんしゅ」のいろんなにおい
はいきガスのにおい

いきをすった

くうきはおもい
さんそが少なくかんじる
人間がおおいからにさんかたんそがおおいんだ。
にさんかたんそはさんそより、1.5ばいおもいんだって
だからくうきがおもいんだ

ワールドトレードセンター
ここにも人がいっぱいだ
やっぱりくうきはおもい
でもにさんかたんそのせいじゃない
かなしみとくるしみのおもさもまじっている
ニューヨークはぶんめいとぶんか、げいじゅつの中心だ

みんながまえにすすんでる
かなしみもくるしみものりこえて
ガヤガヤガヤガヤ にぎやかだ
これがニューヨークのエネルギー

電子版投稿者: グロスマンアカデミー

July 12th, 2017 at 8:11 pm

【生徒作品】 中村美桜 13歳

without comments

【生徒作品】 中村美桜 13歳

「リンカーンはなぜ完全な解放主義者にはなれなかったか。」

 リンカーンは黒人を解放し、黒人のために暗殺された解放主義者の大統領で、世界中の良心的な人の希望の星である。彼はゲティスバーグで 「All men are created equal」と言い、愛されてきた大統領だ。

 しかし、フレッド・カプランという人は、リンカーンは、元々は白人優位主義で人種差別をしていた人だと「LINCOLN AND THE ABOLITIONISTS, John Quincy Adams, Slavery, and the Civil War 」という本で書いた。彼は昔のリンカーンのことを調べ、若いリンカーンの考え等の情報を、本当のリンカーンの考えだと定義し、彼はみんなが言う解放主義者ではないと言っている。

 しかし私は、その意見に反対する。なぜなら確かに彼が若い時は、黒人のために命がけで戦うような人ではなかったかもしれない。しかし彼は子供の頃は貧乏で学校へ行けず、ヨーロッパの人権思想などを学ぶ機会もなかった。彼が生まれ育った時代には、彼の周りにも、人種平等や奴隷解放というような意見を持っている人はごくわずかだったはずだ。よってリンカーンも、カプランが指摘する通り、最初の頃は奴隷としての黒人を容認してきた。

 しかし彼はもっと勉強し、政治家としての経験を積み、さらに南北戦争が進んで行くなかで、人種や奴隷に対する考えを変化させていった。彼の人生の終わりまでには、奴隷を解放し、北部の 6 州の黒人の参政権まで実現したのだから、人間の考えや信念は変化するということだ。

 カプランがもう一つ指摘していることは、リンカーンが大統領になって、かなり時間が経ってから奴隷解放宣言をしたことだ。カプランは、もしリンカーンが本当に奴隷制反対の人だったなら大統領になってからすぐ解放したはずだ、と言っている。
 
 しかし私は、現実的に解放はそんな早く出来なかったと思う。上にも書いたように、過去の時代はまだ「奴隷を使って何が悪い」という考えの人は沢山いたし、北部でも、南部のやり方にそこまで踏み込まなくても、と考える人もいた。奴隷解放はとても大きな問題だった。今の 2017 年でも黒人差別をしている大統領がいるくらいなのだから、沢山の議論が必要だっただろう。それでもリンカーンは粘り強く少しずつ人々の考え方を変えて、大統領就任から約4年で奴隷解放を成し遂げた。困難なことを実際に実現することがどれだけ大変なことだろうか。

リンカーンは生まれた時からの完全解放主義者ではなかったかも知れないが、アメリカを変えた、立派な奴隷解放者である。

電子版投稿者: グロスマンアカデミー

July 9th, 2017 at 5:54 pm

カテゴリ: 生徒作品,中村 美桜