グロスマンアカデミー 生徒作品ブログ

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Archive for July 16th, 2017

【生徒作品】清水亮翔 12歳

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【生徒作品】清水亮翔 12歳

「アインシュタインはなぜエンジニアにならなかった」

アルバート・アインシュタインは1879年にドイツのウルムという小さな町でユダヤ人の家に生まれた。お父さんはヘルマンという温和な実業家で、お母さんのバウリーネは、物静かで、ピアノに興味があった。お父さんには、ヤコブという電気技術の弟がいて、数学に関心を持ち、若いアルバートについ良い影響を与えた。

天才的な人は、幼い時から優れた才能で大人を驚かし、そのため神童などと言われる人もいる。しかし幼い頃のアインシュタインは、喋り始めるのが比較的遅かったので、周りの人が心配していたという話がある。しかも自分が話したことをもう一度繰り返していう癖があり、いうことがたどたどしく、そのためか、かんしゃくの発作を爆発させることもあったそうである。

そして彼は考えるのに時間がかかったが、物事を突き詰める性格に育っていった。例えば、彼が4歳か5歳の時、お父さんから方位磁石を見せてもらった。磁石で遊ぶ子供は世の中にたくさんいるが、それがアインシュタインに与えた驚きは衝撃的だった。磁石を移動させて回転させてみたりした時、その針は常に一定の向き(北)を刺そうとする。

普通の人だとなぜ北に向くのかと思わない。気づいた人がいたかもしれないが、その不思議さについて考えぬくことができなかった。しかしアインシュタインは違う。彼はなぜ磁石が北に刺すのかと疑問に思った。そしてここで終わるのではなく、その疑問をアインシュタインは追求した。

アインシュタインが疑問に思ったのは、磁石だけではない。また、光についても、重力についても、普通の人が気づかないでいたことに気づいた。

アインシュタインは、「人は幼い時から見慣れているものをみても驚きませんが、見慣れているものが全く矛盾する動きをしたりすると、大きな驚きを受けます。このような驚きによって考え方が開けるのだ」といった。

アインシュタインがエンジニアになぜならなかったというと追求したいからである。エンジニアは、何かものを作る。しかしアインシュタインはその反対であり、すでにあるものを掘り出し、追求したかったからであると考える。

電子版投稿者: グロスマンアカデミー

July 16th, 2017 at 12:52 pm (PDT)

【生徒作品】清水亮翔 12歳

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【生徒作品】清水亮翔 12歳

「日本の昔話の『うばすて山』には何が書いてあるの?」

昔60歳を超えたら山に捨てるという国があった。どんな親孝行でもこれを守らなければいけない。そして、ある村に、とても親孝行の息子がいた。その母親にもその時がやって来た。
その晩息子は母親に、母親の好きなものをたくさん食べさせた。食べ終わった後、息子は母親を背負い、山へと向かった。山が深くなると、パチパチという音が背中のところから聞こえて来た。何をしているのかと聞きたかったが、母親を背負って、転ばないように気を配るだけで、精一杯だった。

とうとう、母親を置いていく場所に着いた。すると母親は、「私のことは暗示なくても良い。何より、お前の身が、一番じゃ。帰りに迷わぬように、枝を折って、印をつけて置いたからな。早く帰らねば、日がくれてしまう。早くいけ。早くいけ」と言った。それを聞いた息子は、どうしても母親を置いて帰ることはできなかったので、母親と家に帰った。誰にも見られないように、夜になるのを待って家に帰り、母親を床下に隠した。

それからしばらくしたある日である。息子の住んでいる国様が、隣の国から、三つの難題を突きつけられ、答えられなければ、隣の国が攻めてくる。その三つの難題とは、七つの曲がりが歩きの筒に糸を通せ、1人でなる太鼓を作れと灰で縄を萎えである。息子がいる村でも大騒ぎになった。そのため、息子は夜になると、母親にこのことを話した。するとお母さんは笑って、すべての難題の答えを言ってしまった。息子は母親に教えられたようにやってみると、きちんとできた。

早速息子は、村の長にそれを見せた。そして村の長は、すぐさま、殿様のところに持っていた。すると王様は驚き、こんな難題を解けるものなど、自分の国にはいないと、諦めかけていたからである。これでもう隣の国から攻めてこられないようになった。

殿様はこの難題をといた人に会いたいと言った。そして息子は、との様の前に連れて行かれた。すると息子は、これは自分の知恵ではないと言い、自分の母親のことを話した。
すると殿様は、初めて自分の過ちに気づいて、年寄りを山に捨てる決まりを、辞めることにした。それからは、どの国よりも年寄りを大切にする国になった。

この話には日本の昔話にしかない。年寄りを大事にするのは、日本である。もし年寄りの人が重たい荷物を抱えていたら、それを自分は助けないといけない。このような年寄りを大事にするということは、日本の昔話から伝わっていることがわかる。
しかもこの話には、自分より他人のことを考えるということが書いてある。母親はピンチの時でも、息子のことを考えた。自分が山に捨てられるというのに、枝を折って息子が迷わないようにその折った枝を地面に落とした。

もう1つこの話の中に、私たち日本人に伝えたいことがある。それは少子高齢化のことである。現在日本は少子高齢化という問題を抱えていて、子供が頑張っていて、お年寄りの方が多くなっている。この問題を日本人は悪い面で扱っている。しかしお年寄りの知識や経験を生かして、日本の経済をあげ、中国を抜かすかもしれないと考える。

電子版投稿者: グロスマンアカデミー

July 16th, 2017 at 12:38 pm (PDT)

【生徒作品】清水さくら 8歳

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【生徒作品】清水さくら 8歳

「うばすて山をよんで心にのこったこと」

 私がうばすて山をよんで心にのこったことは、むすこにしょうわれた母おやがかえりにむすこがまよわないようにえだをパチパチとおってしるしをつけていたばめんです。これからすてられる自分のことよりもむすこのことを考えていることがわかるからだ。

 むすこも母おやを山においていかずにだれにも見えないようにゆか下にかくした。

 むすこと母おやはおたがいおもいやっていて、じゅげむにでてくるおやこのじょうあいがうばすて山にもある。

 もう1つ心にのこったことは、とのさまがだした3つのなんだいを母おやがかんたんにといたことだ。この国には60さいいじょうの人はいないから、だれもなんもんをとくことをできなかった。でもこの母おやは長く生きていてけいけんと知えがあるからとくことができた。とのさまもそれで取りよりを山にすてるのはまちがいだときがついてルールをかえた。

 年よりは国をすくうことさえできる。

 今、日本では高れいしかがもんだいしだといっているけど、ほんとうは大チャンスのはずだ。お年よりのもっている知えやけいけんをいかして、日本をもっとゆたかにできるチャンスだからだ。日本人ももういちどうばすて山をよんだほうがいいとおもう。

電子版投稿者: グロスマンアカデミー

July 16th, 2017 at 12:33 pm (PDT)

【生徒作品】清水さくら 8歳

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【生徒作品】清水さくら 8歳

「夏の空に私が見つけたもの」

青い空に
クレヨンでかいたみたいな
ひこうき雲

だんだんうすくなっていく
ひこうき雲のその先に
日本のおじいちゃんと
おばあちゃんお
かおを見つけたよ

1年に1どだけ
夏になると会えるんだ
おりひめとひこぼしみたいに
1年に1どだけ

また来年までまっててね
元気でいてね
私もアメリカでがんんばるよ

もういちど空を見上げたら
ひこうき雲は
きえちゃった

でも私の目にも心にも
おじいちゃんとおばあちゃんは
のこっている

電子版投稿者: グロスマンアカデミー

July 16th, 2017 at 11:40 am (PDT)