グロスマンアカデミー 生徒作品ブログ

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Archive for July 1st, 2017

【生徒作品】清水亮翔 12歳

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【生徒作品】清水亮翔 12歳

「川久保玲の服はなぜ着る人を自由にするのか」

日本経済新聞の6月11日の記事に、川久保玲さんのことが書いてある記事がある。そこには、なぜコム・デ・ギャルソンの服を着る人は自由になるかが書いてある。それはなぜなのか。

川久保玲さんは、日本のファッションデザーナーで、コム・デ・ギャルソン創始者である。キャロライン・ケネディ前日米大使も川久保さんのファンであった。ケネディ前日本大使は、「子供達は日本に来るたびに、コム・デ・ギャルソンの店に行きたかった。あそこに行けば今何が起こっているかわかるからって」と振り返る。

ケネディさんの子供達まで、コム・デ・ギャルソンは特別だと思っている。なぜ特別なのか。それはコム・デ・ギャルソンの服を着ると自由になるからである。川久保さんによると、「『コム』を着る理由?普段は保守的な自分が解放されるから。強い気持ちになって自由を感じる」と言っている。

コム・デ・ギャルソンを着る人は「自由になれる」という。例えば、年齢や性別からの自由。全身黒のコムを着て展覧会場を訪れているオーストラリア人のナターシャ・チュウさんは、「女性であることを意識しなくていい服」という。

自由とは、人と違っていられることである。それには強さが必要である。強い自分になれる服を作り続けているのがコム・デ・ギャルソンである。ジャケットをはおり、ニットに袖を通すだけで着る人は感じる。周りにはわからなくても、自分はわかる。

なぜコム・デ・ギャルソンを着ている人を自由にできるかは、「新しさ」の追求をやめないからである。ほとんどのデザイナーはそのモチベーションを持ち続けられない。

洋服には自分だけのアイデンティティ、社会が押しつけるアイデンティティではないものが出てくる。自分の服に文字がたくさん書いてあったり、あまりよくないことが書いてあったりすると、自分のアイデンティティはまちがえられる方にいってしまう。しかし何も書いてなく、はじめて見るデザインで自分を表す服を着ると、自分の新しいアイデンティティが出てくる。

よって僕は、洋服というものはアイデンティティであり、なぜコム・デ・ギャルソンの服を着る人を自由にするかというと、「新しさ」の追求をしているからだと考える。

電子版投稿者: グロスマンアカデミー

July 1st, 2017 at 9:51 pm (PDT)

【生徒作品】清水さくら 8歳

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【生徒作品】清水さくら 8歳
「北さいの『海』を見て私はかんじた」

ゴーゴー バシャーン バシャーン
北さいは
絵の天才
海の力をえがくんだ
人間よりも大きく
人間よりも強く
人間よりもふかく、たかい
人間は波の1つもとめられない
それは地きゅうの力
そして命の力
海はお母さんみたい
命を生み出し
命をそだてる
海は広くてふかいんだ。

電子版投稿者: グロスマンアカデミー

July 1st, 2017 at 9:21 pm (PDT)

【生徒作品】清水さくら 8歳

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【生徒作品】清水さくら 8歳

「行ってきます」っていいな

「ジリジリジリ」
私のめざましどうけいがなった。私はいつも7時55分におきる。まずは、パジャマからようふくにきがえるためにかいだんでいっかいにおりてきがえた。お母さんはいつもしごとのじゅんびをいまごろしている。だから自分でごはんのしたくをする。私はごはんとみそしるをたべる。
「いただきまーす」
と言ってたべて
「ごちそうさまでした」
と言ってたべおわる。
そろそろお母さんがしごとをするからもうすぐいえをでる。私はおちゃわんをあらって
「いってきまーす」
とお母さんがいうと
「いってらっしゃい」
と私とおねえちゃんがいう。

今おねえちゃんはおきたばっかり。だからまだ2かいにいる。もうすぐでおねえちゃんはおくれる。
だからおねえちゃんに大きなこえでいった。
「はやくしな!」
といったら
「だいじょうぶ」
といったから
「とけいをみてごらん!」
といったら3びょうでかいだんをおりてきた。すると、パンをもって立っていた。すぐにカバンをもちドアをあけて
「いってきます!」
と言った。
「いってらっしゃい」
と言った。
わたしはいえじゅうだいじょうぶかみて、がっこうへいった。
「いってきまーす」
といってもだれもこたえない。

きょうはお母さんはしごとやすみ。ごはんもつくってくれたし、がっこうにいくとき
「いってきまーす」
というと・・・
「いってらっしゃーい」
といってくれる。
今日はいつもとちがう1日のはじまり。
それでわたしはスキップして学校へいった。

電子版投稿者: グロスマンアカデミー

July 1st, 2017 at 9:17 pm (PDT)