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Archive for January 29th, 2012

小論 「太平洋戦争後の日系人と日本人の違い」

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小論
太平洋戦争後の日系人と日本人の違い
谷 法之


 第二次世界大戦、日本はアメリカのパールハーバーを攻撃し、アメリカとの太平洋戦争を始めた。そして1954年、広島と長崎での原爆投下で太平洋戦争は終わった。戦争から半世紀以上、日本には終戦記念日と原爆記念日がある。しかし、原爆並みに被害を加えたアメリカの攻撃がある。それが東京空襲であり、死者は十万五千人以上と考えられている。その被害者たちは原爆被害者たちと違い特別な扱いは無い。それに対して戦争中アメリカに住んでいた日本人は酷く扱われていた。後にその扱いが間違っていたことが認められ、記念日が出来た。空襲を受けた日本人は特別な「日」を持たないが、日系人は持っている。それは日系人が敵の近くにいたことと、日本人が「アメリカ帝国主義」に負けた事である。

 東京大空襲は原爆並みの被害を出した。しかし、日本では記念日としてない。それだけでなく、世界の歴史の中では「東京大空襲」は無い。広島と長崎の原爆は歴史上あるが、大空襲はない。「広島と長崎は原爆の恐ろしさを主張するために歴史にある」という考え。しかし、二時間という時間で同じぐらいの死者を出した空襲も恐ろしい歴史である。空襲の被害者となった日本人たちは世界、特にアメリカへ怒りを飛ばすべきである。どちらかというと、日本政府にすべて任せているようである。死者の残った骨は家族と一緒の墓に入ることはない。ただ「処理」されたということだけである。この原爆と空襲の扱いの違いはおかしい。

 日系人のフレッド・これまつは戦争中、日本人ということで酷く扱われていた。1944年、US v Korematsuでのアメリカ最高裁判所の判決は「捕虜収容所に日本人を入れることは合法である」であった。この判決から39年後、アメリカはこれまつ氏への酷い扱いを謝罪し、収容所にいた生存者たち一人一人に二万ドルものチェックアメリカは出した。そして2011年、一月三十日を「フレッド・これまつの日」と認定された。これは非人間的扱いを受けたこれまつ氏への日である。このような「日」が出来たのははこれまつ氏がアメリカ政府への強い反発と非道徳を主張したからである。

 東京大空襲の被害を受けた日本人たちはアメリカへの謝罪を求めていない。だから「東京空襲の日」のような記念日は存在しない。被害を受けた家族が日本政府へ、そしてアメリカ政府へ謝罪を要求すれば記念日は作れることになるだろう。マッカーサーが日本に来た時、日本人が強い反発をしなかったのはすでに「アメリカ帝国主義」に支配されていたからである。「アメリカは遠い敵」という考えがあった日本人。アメリカへの反発は無かった。記念日を作るには、これまつ氏のように自分から動かなければいけない。

電子版投稿者: T.Sasajima

January 29th, 2012 at 6:04 pm (PDT)