グロスマンアカデミー 生徒作品ブログ

Grossman Academy Students Opinion Blog

Archive for July, 2011

Essay “The forced evacuation goes against democratic principles.”

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Essay
The forced evacuation goes against democratic principles.
Noriyuki Tani


People who lived in the Fukushima prefecture are currently a refugee due to the melt down of the Fukushima’s nuclear reactor. The area around the nuclear reactor is filled with radiation that is too strong for people to live in. Even though going into the area is dangerous, many people will risk their life to go back because they want to live in their house. However, these people cannot go back because Japan’s government labeled the area an “off limit” area, punishing anyone who enters the area. The government made this decision because they wanted the refugee to be safe and healthy. The government’s decision and refugee’s demand is fighting against each other. In a democratic government, Japanese government’s decision goes against the democratic principles of people making decision.

Many people living in the area were forced to evacuate because of the tsunami that struck and destroyed houses and buildings. These people are mentally ill, since they were forced to move out of their house and are living in an unusual environment. Some seniors are currently in the hospital because they are having a nervous breakdown. The stress level these people have is very high, and their feeling toward the government is just hatred. The government is trying their best right now, but is unable to meet the demand of the refugee, since they want them to be safe.

These refugees’s destiny and life are controlled by the government right now, and this should not occur in a democratic country. The decision was made by the people in the government, and not by the people in the situation. A democratic consensus was not made, making the people enraged. What the government should have done is to let the people to go back to their house if they wanted to. However, these people will not get any support from the government because they chose to live in a dangerous area. The choice should be made by the refugee, not the government.

The government made the off limit area in order to keep the refugee healthy and safe. On top of safety, the government will not send anyone to see if they (people who went back) are healthy because it will be a burden to the government. The government’s decision might have been the best decision for now. However, this decision was made only by the government, and is not a decision based on a consensus by everyone. The forced evacuation goes against the democratic principles, but was done in order to ensure safety to the refugee.

電子版投稿者: T.Sasajima

July 31st, 2011 at 1:57 am (PDT)

詩 「教育」

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教育
篠島 匠人


人間は
自分の命を守るために
危機を回避できるはず

なのに自ら
進んでユッケを食べ
当たって死ぬ人がいる
お前は学校に行って
何を学んだのだ

人間は自分の命を守るために
放射線の危機を回避できるはず

なのに親は
一時も子供をルーティンから離そうとせず
被爆した学校へ行かせようとする
お前は自分の子供に
何を学ばせたいのだ

最早教育はなくなった
それに自らの子孫を残す生物的本能も愛情の無意識も
分裂したどこかへ消えた
分裂した核物質は元の核物質にはもどらないように

電子版投稿者: T.Sasajima

July 30th, 2011 at 1:54 am (PDT)

エッセー 「Mother’s milk cowとは」

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エッセー
Mother’s milk cowとは
篠島 匠人


 遺伝子組み換えの穀物が農業大国となる手助けとなっているアルゼンチンで、同国に住む科学者が 母乳牛 なるものを創りだしたらしい。これはなんの隠喩でもなかった。Mother’s milk cow、そのままの意味で母乳にちかい牛乳を作り出す牛を「開発」したという。蛋白質の二つに人間の遺伝子を組み替えた。人間の母乳にはこの蛋白質が含まれているが、牛乳には入っていない。

 遺伝子組み換えの食品を何があっても食べないという方針の人間は世界に大勢いる。
遺伝子組み換え食品を食することで私達人間に与える影響はまだ完全にはわかっていない。人間の手によって改造された食品よりも、自然に存在する食品をそのまま食べる方が気分が良い。しかし母乳は話が別だ。母乳は牛乳には含まれない成分がある。つまり牛乳でそれは補えなかった。しかし遺伝子組み換え技術を使うことで新生児にとって必要な成分を牛から確保できるようになった。世界には母乳が出ずに困っている人が大勢いて、そのために粉ミルクなど人工の代替措置もある開発されてきた。我々人間にはものごとを選択する権利がある。そういう意味で選択肢が増えることは悪いことではない。

電子版投稿者: T.Sasajima

July 29th, 2011 at 1:51 am (PDT)

小論 「学生が麻薬で、自己破壊をする国をどう思うか」

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小論
学生が麻薬で、自己破壊をする国をどう思うか
谷 法之


 1960年後半から1970年代、アメリカは新しい時代へと変わっていった。昔の考えを否定して、社会への考えと価値観が違う若者たちが現れてきた。「脱社会的」と言われ、麻薬や性への新しい考え、長い髪と独特の服装の人たち。そして彼らが作ったピースサインなどが有名である。ヒッピーと呼ばれるこの人たちがアメリカの「麻薬社会」を作り上げたのであろう。麻薬の問題は21世紀になっても変わらない。アメリカだけでなく、ヨーロッパなど世界各国で起こっている問題で、最近の日本では芸能人などが麻薬を使っているということが発覚するなど、「一度始まったら終わらない」問題となっている。そして、麻薬の影響は錯覚やハイなどではなく、依存症になること、死にいたるということである。依存症になるとなかなか依存から逃れることはできないまま、リハビリテーションへ行かなければいけない状態になる人もいれば、合成麻薬や大量に摂取することによって心臓発作を起こし、死ぬ人も少なくない。麻薬によって自己破壊する学生が存在する国は、先進国や発展途上国であっても、国として機能できなくなる。

 麻薬の大量摂取で心臓発作を起こし、植物状態となって元UCバークレーの学生が存在する。その学生の母親はUCバークレーへ大激怒している。それは大学側が責任を取っていないということで激怒している。「去年、カサ・ジンバブエで麻薬の過剰服用を行った生徒のお父さんはこのようなことが起きないように大学側に対策をもとめたが、大学側は何もしなかった。そして、私の家族はこの人と同じ悲劇を味わっている。」自分の息子が大量摂取によって植物状態になってことを大学への責任と指摘している。

 このように大学側への責任は間違っている。大学側は生徒たちの寮へ入り、私物を検査することは可能であるが、生徒たちも巧みな方法で麻薬を隠すことが可能である。そのため、大学側への責任よりも、使った本人の責任であるということが大きな問題である。麻薬を使う・使わないは大学側が決めるのではなく、個人個人が決めることである。少し使って幻覚を起こすのも、大量に服用して体に害を及ばすのも生徒一人一人の責任である。大学生は高校生たちと違って未熟でない。それは18歳以上で選挙権を持つことが大きな要素であり、二十歳以上は酒を飲めるという法律がある。このように大学生たちは「大人」であると考えられる。大学生たちは自分の行動に責任をもてる年齢で、麻薬を使う・使わないの判断を行える年齢になっている。

 麻薬で自己破壊をする国は国として機能できなくなる。それは若い世代の人たちが良い判断ができないという証拠であるからである。今の大学生たちでも死なない程度に麻薬を使う人たちは「影」で多いだろう。しかし、その人たちが大人になり、家族を持つ時には家族崩壊を行う。自分の子供の態度や行動に責任も持たない親たちが増えてしまい、国のトップはこの人たちへの特別な政策だけを考えることになってしまい、外交や国内の政策へ手が回らなくなる可能性がある。親は子供を生むという決心ももったのなら、子供の行動の責任を取る義務がある。その責任を果たさない親が増えれば民主主義の国は崩れてしまう。

電子版投稿者: T.Sasajima

July 28th, 2011 at 1:54 am (PDT)

小説 「蛍光灯と蛍雪」

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小説
蛍光灯と蛍雪
中村 茉貴


 何時だっただろうか。僕がこの地に足を踏み入れたのは。仕事で入力ミスのヘマをして、メディアに派手に報道されて、アメリカから自分の名前の知られていない土地に越した。やり直す為に。逃げてきたといってもいい。
 正式には『引っ越そうとしている』の方が正しいだろう。この時代、メディアが普及していない場所なんて先進国には無い。かと言って言語から学びなおすのはごめんだった。そんな無理難題・我侭この上ない条件の下ようやく見つけたのがインドの低い山の一つにあるこの村だ。そうして僕は丁度空いていた一軒家に転がり込み、20XX年の冬が終わったばかりの頃の春先、今に至っている。
 世話を焼いてもらっている家族の家のベランダに座りつつ、村を取り囲み、限りなく広がる草原を見渡し、澄んだ空気を深く吸い込んだ。都会からだといざ旅行に行かない限りなかなか体験する事はできない。都会にいると人は自然の中の、宇宙のなかのちっぽけな存在に過ぎないという事を忘れてしまいそうだった。
 そんな、なんとなく切ない気分に浸っていると背後に気配を感じた。振り返ると、この家の一人娘のラタが、壁の陰から顔を覗かせていた。彼女はまだあどけなさの残る顔で笑うと、
「お茶をどうぞ」
と淹れたての茶の入ったコップを手渡してくれた。
「ありがとう」
僕が笑い返して言うと、道側から子供の声が聞こえてきた。気をとられてそちらを見ると、ラタ位の年齢の子や、それより多少幼い子の集団が、僕が先程見ていた方向に向って駆けていっていた。その内の一人の少女が
「ラターっ」
とこちらを振り向いて手を振り、そのまま駆けていった。
ラタは笑いながら手を振り返したが、あの集団に加わろうとはしなかった。
「おや、君は一緒に行かないの」
僕が不思議に思って問うと、少女は残念そうな顔をして、日差しの中で輝く雪山の方向に目をやった。
「私ね、足が動かないの。山の中で友達と遊んでて、転落して以来ずっと。普段はカートに入って友達や家族に押してもらってるの。自力でも動けるには動けるんだけど、何せ木製だし、あまり遠くには行けないの」
 そう言って彼女は先程まで留まっていた壁の陰から出てきた。見ると、彼女はいかにも素人が一生懸命作った木製の車椅子に座っていた。実を言うと、彼女と会うのは今日がまだ二回目であった。一回目は彼女の両親に夕飯に招かれたときだった。僕は食べ終わってもずっと座っている彼女を、行儀がいいと感心していた。
「そう……悪かったね。こんなこと聞いて」
「いいんですよ。事実ですし。でも、自分の過失で、友達や家族に迷惑をかけて、申し訳ないな、って」
 そう言って彼女はすっかり冷めてしまった茶を一気に飲み干した。きっともう一度自分の足で立ちたいんだろうな。当然と思っていたものを失って、その日常を取り戻したいと思わない人なんているんだろうか。そんな思いに浸っていると、僕ははっとした。自分が学生だった頃、あるフォーラムに出席したのを思い出した。そこで山海さんという人が披露してくださったのが、人の神経伝達物質の発する電気信号、運動意志を感じ取り、その通りに動くロボットスーツだった。パチンコ屋の店頭に飾ってあるSFチックなポスターから飛び出てきたような代物だった。試着した女性も、観客席の僕らも、そのスーツが素晴らしくて、余りの感動に息をのんだ。
「おじさん、お昼も家で食べていかない?どうせ皆は昼も忘れて帰ってこないから、お母さんにいいか聞いてみる」
 物思いに耽け、冷めてしまった自分のお茶を飲み干しながら、僕は彼女の去っていく後姿を見守った。
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電子版投稿者: T.Sasajima

July 27th, 2011 at 1:54 am (PDT)

エッセー 「新日本人って?」

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エッセー
新日本人って?
上畠 啓暉


 どの国でも同じだが、生まれもって日本人である人がいる。その人たちは自分たちの体の中に日本人の血が流れている。その人たちは、日本に住んでなくても日本人。親のどっちか、あるいは二人とも外国の血が入っていても、日本人である。どんな理屈でこのことを覆そうとしても、日本であるという事実は代わることはない。でも今の世界には、“新日本人”というニュータイプの日本人がいる。この”新日本人”というのは、日本人の地を持たない日本人である。自分たちの国の国籍を捨て、日本人として帰化するのである。“売国奴”や“裏切り者”という汚名をつけられても、それを甘受し、新たな日本国民となったのである。彼らは日本の魅力を理解しているから、日本の国民になりたいと思った。そして実際になっている。日本の血が流れていても、日本の魅力が分かっていなかったり、日本という国を嫌っている人がいっぱいいる。そういう意味じゃ、新日本人のほうが日本のことをもって知っており、日本に対しての愛国心が強いのかもしれない。

電子版投稿者: T.Sasajima

July 26th, 2011 at 1:53 am (PDT)

詩 「生きる」

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生きる
高辻英松


今生きている
今、みんな生きている
それは花が咲くこと
雪がふること
人間のせいで、自然がこわれること

今生きている
今みんな生きている
今楽しんでいる人がいる
今寂しい人もいる

今生きている
今みんな生きている
それは時間がとけること
宇宙が大きくなること
人生の意味を考えること

今生きている
今みんな生きている
でもみんな生きて死ぬ

電子版投稿者: T.Sasajima

July 25th, 2011 at 4:54 pm (PDT)

小論 「日本人である素晴らしさと、日本人である危険」

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小論
日本人である素晴らしさと、日本人である危険
上畠 啓暉


 日本人である素晴らしさがあると同時に、日本人である危険もある。

 今の世界には、“新日本人”というニュータイプの日本人がいる。この“新日本人”というのは、日本人の地を持たない日本人である。自分たちの国の国籍を捨て、日本人として帰化するのである。“売国奴”や“裏切り者”という汚名をつけられても、それを甘受し、新たな日本国民となったのである。彼らは日本の魅力を理解しているから、日本の国民になりたいと思った。そして実際になっている。日本の血が流れていても、日本の魅力が分かっていなかったり、日本という国を嫌っている人がいっぱいいる。そういう意味じゃ、新日本人のほうが日本のことをもって知っており、日本に対しての愛国心が強いのかもしれない。ペマ・ギャルポもその“新日本人”の一人である。インド難民であったペマ・ギャルポを受け入れてくれた国だから。ペマ・ギャルポにはアメリカに行くという選択肢もあったが、日本を選んだ。多くの日本人が知らない日本にいる一万人のペマ・ギャルポのような難民の事だって知っている。体質が日本人的になってくるぐらい日本がすきなのである。

 これだけペマ・ギャルポがすきになる日本であるが、素晴らしさと危険がある。生長の家総裁の谷口清超は「美しい国と人のために」の中で、“日本では大調和の広く深い心を持った国である。それ故、国内の人々が仲良く暮らし、お互いに親切である。”といった。実際に東北地方太平洋沖地震が発生したときも、東北の人たちはお互いを助け合い、ほかの地域では被災地の野菜などを販売して復興支援をしている。日本は自然とも調和して生きてきた。日本は昔から自然とともに生きてきており、日本の伝統的な建築方法や生活様式にも自然と調和して暮らす知恵が詰まっている。日本人は人だけではなく、自然を大切にする心を持ち、調和してきたのである。

 だが日本人はアイデンティティを無くす傾向がある。日本は島国であるから、ほかの国と隣接していない。日本に住む日本人はほかの国の人たちと触れ合う機会が少ない。だから自分を客観視する機会も少なく、「日本人ってなんだろう」と考えることもなく、自分が誰だか分からないまま成長してしまう。だから海外に行ったら、海外から人が着たら、その文化に向いてよろめいてしまう。そしてその結果、自国をだめにしてしまい、その国を偉いとしてしまう。 

電子版投稿者: T.Sasajima

July 24th, 2011 at 1:51 am (PDT)

俳句 「海の子」

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海の子だかにと白なみ夏の朝
マックニアニー 花

海の子は白いかもめとおともだち
趙 恵美里

海の子は夏休みの日なみを見る
高辻 英松

あついけど夏はうみだぞ海の子だ
趙 アダム

夏の昼水が友達海の子だ
マックニアニー 太羅

漂流者海の子つかむクラゲかな
篠島 匠人

夏の海故郷戻る海の子さ
篠島 結衣

しおかぜで涼む海の子夏休み
府川 周平

あおいそらぼくは海の子およいでる
池上 賢壽

海の子に海無しの夏ありえない
府川 耕大

電子版投稿者: T.Sasajima

July 23rd, 2011 at 10:46 am (PDT)

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小論 「東日本の歴史的背景と原発の惨状について」

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小論
東日本の歴史的背景と原発の惨状について
谷 法之


 日本の歴史の中には戦国時代という時代があった。その時代は戦いの時代で、天下統一を目指し、力がすべての時代となっていた。次第にその争いの時代は終わるが、第二次世界大戦の時、日本はまた大きな戦いに巻き込まれることになる。その戦いが終わってから半世紀以上たった今、日本は直接戦争に関わっていない。戦争が終わった後、日本の地は荒れてしまった。しかし、日本はそのような状態でも「生き返る」ことができ、また国を作り直した。

 2011年3月、東日本は世界でも例が少ない大地震によって大きな被害を受けた。マグニチュード9の地震で、余震もマグニチュード7というレベルの地震が続くだけでなく、大津波も東日本の都市を攻撃、まるで戦後のような状態になってしまった。地震と津波によって、東日本にあった六つの原子力発電所のうち四つに問題が発生、核のメルトダウンにより放射能が日本を苦しめている。このような状態を招いたのは東日本人特有の感覚であった。

 東日本人は穏やかで争い事を好まない人たちである。その人たちはたとえ世界をコントロールする力を持っていてもその力を使わない人たちである。「豚に真珠」だが、決して悪い意味の「豚に真珠」ではない。司馬遼太郎の「まぼろしの京都、平泉」の中で「かれらは痛々しいほどに善良な巨人であり、トラをうち殺すほど膂力をもっているくせに自分がそれほどの力をもっていようとは自覚せず」と書いている。さらに、馬の使い方を見ても、彼らは戦いを好まない人たちであるということが分かる。宮本常一の「塩の道」の中に東北人の馬の扱い方が書いてある。「とくに東日本における馬の使い方を見ますと、馬へは乗るものではなかった。馬へは荷をつける、そういうことはあった。そうして、しかもその馬を人間がひっぱっていく。」それに対して西日本は馬に乗る習慣があった。それはもうすでに馬を移動手段と考えており、また戦いの時の良い移動手段として考えられていたということが分かる。

 東日本に原子力発電所が作られたのは東京からの圧力からである。そして、穏やかな東北人たちは抗議せず、ただ言われるがままの状態になった。東京はその発電所を作ったが、その周りの町を近代化することはなかった。日本経済の中心の東京は東北に対してなにも行っていなかった。原子力発電所を作ったのなら、その周りを近代化できるように金を使えばよかった。世界各国の人が「日本人は偉い」と感心しているが、実際はそのように考えを持たないほうがよい。今原発の作業を行っているのは作業員であり、東京電力の人たちではない。原発は東京電力の人たちの責任であるが、その人たちはその責任を果たしていない。日本人が偉いのではなく、東日本の人が偉い。

電子版投稿者: T.Sasajima

July 22nd, 2011 at 2:06 am (PDT)