グロスマンアカデミー 生徒作品ブログ

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Archive for the ‘中村 茉菜’ Category

エッセー 「孫とお婆さんの生存」

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エッセー
孫とお婆さんの生存
中村 茉菜


 東北関東大震災が発生した九日後に救出された阿部壬さんと彼のお婆さんの寿美は生きると
いう気力は、現代の日本人、特に若者たちの中で失われてきているのではなく、単に眠り始め
てしまっているだけであり、何かきっかけがあれば再び目覚めさせる事ができるということを
見せてくれたと思う。

 彼らは津波に襲われたが、偶然冷蔵庫や布団などに手が届き、上や寒さをしのぐ事ができた
という。しかし、例えそれが偶然であっても、災害にあい、長い間狭い空間に閉じ込められて
いれば気が滅入ってしまう人も、救助を諦め、生きることも諦めてしまう人もいると思う。そ
れにもかかわらず、未成年の少年と八十を超えたお婆さんの二人で衰弱した状態でも一週間以
上生き延びたということは、何が何でも死よりも生を選びたい、という考えを抱いていたから
だと考える。それに彼らが救出されたことは人々の捜索、救援に励む自衛隊や消防隊員にも励
ましになっており、生存確率が低くなっても生き残っている人がいるかもしれない限りは捜査
を打ち切らないとした。技術が進歩し、便利な機会が社会の多くの場面に普及した今、情報で
もなんでも簡単に手に入るものが多くなってしまっている。加えてゆとり教育などで幼い頃か
らさほど努力もせず、辛いことを経験する事が昔に比べて大幅に減少している。そのため、現
代の若者の生命力が失われていると嘆かれている。だが、今回の出来事から見られるように、
生きる気力が失われたのではなく、心の奥底に眠っているだけだと思う。便利すぎるともいえ
る時代に生まれ、その便利さを受け入れて疑問に思わず、大きな苦難に立ち向かうことを知ら
ずに毎日を過ごしている若者が多いだけなのだ。自分から目的を探そうとしないからやる気を
起こす必要も無く、命への執着心が薄れているのだと考えている。

 二人が生き延びたことは、生きる気力は窮地に立たされたときに目覚めることを見せた。活
力が消えてしまったわけではないのだ。だから、震災と津波の残した爪あとが消えても、災害
が痛感させた何も無い中で生活し、困難や苦痛を乗り越える、努力をする、自分から行動を起
こす、という意欲が若者たちの中に残れば彼ら自身、そして日本全体が改善され、進歩するだ
ろう。

電子版投稿者: T.Sasajima

April 1st, 2011 at 3:57 pm (PDT)

詩 「金子みすずは光の不思議を知っていた?」

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金子みすずは光の不思議を知っていた?
中村 茉菜


目に見える色は

光が通る

物質によって変わってくる

これは光の波の長さが違うから

波長の長い赤や橙は

大きな分子を通れば短い波長同様

いろんな方向に飛んでゆく

厚い大気を光が通れば

短い波長の光よりも通過する

昼間に空を見上げればよく見える

青を作る青い光のように

多く反射され、散乱される

金子みすずが感じたように

空の色は変化する

海の色もかもめの色も

空模様で違う衣をまとう

少し憂鬱な空の日は、雲のせいで

海もかもめも色あせる

晴れ晴れした日の

夕暮れには

赤や橙のペンキが

こぼれてにじんだように

空気中のゴミやホコリに声をかけて

見事に染まる

普段は生きのびた

青い色のグラデーションを

誇る海も

太陽の沈む刻には

顔を赤らめる

知っていること

思っていることの

不確かさ

光の不思議

金子みすずは知っていた

電子版投稿者: T.Sasajima

September 15th, 2010 at 9:46 pm (PDT)

小論 「人間の正反対の行動」

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小論
人間の正反対の行動
中村 茉菜


人間が悪意に満ちた行動と考えられないほどの残忍性を見せる行動という正反対の行動ができるのは行動を起こす相手も人間、もしくは命のあるものだと感じているか否かの環境におかれているからだ。太平洋戦争と南京事件時の日本兵にそれが表れている。

太平洋戦争スラバヤ沖海戦中。イギリス海軍の駆逐艦は日本軍の戦闘艦からの攻撃により、エンジンが停止し、沈没。乗組員は浮遊物にしがみつき、重油漏れした海の上で救助を待った。しかしその役目を果たしたのは見方ではなく敵であるはずの日本軍の工藤俊作艦長率いる駆逐艦であった。敵からの襲撃をいつ受けてもおかしくなく、敵のなすすべもなく漂流していた兵を絶好の機会であったのにもかかわらず、逆に危険を承知の上、できる限りの要員を救助活動に向けたのだ。救助に向かった「雷」そのものも敵軍からの魚雷攻撃を受けていた。だが逆恨みをしなかった。互いに戦う以前に自然を生き延びてきた者同士。血と重油、汚物まみれのイギリス兵は敵味方関係なく、工藤艦長の目にはただの人間として写ったのだ。そして弱っているものを助ける事は当然のことであるという考えが彼の部下にも伝わり、ありとあらゆる搭載物を駆使し、壮絶な救助劇が繰り広げられた。

しかし日中戦争時の南京大虐殺ではそのような面影はどこにもない。逆に強姦、放火、略奪などの非行を行った。それは太平洋戦争とは違い、日中間の直接対決であり、優勢であればどんなに残虐な行為でも勝つために容認したのだ。一騎打ちのような形であり、劣ったり引いたりすることによって勝敗が決まってしまう戦争だったからだ。人間的な感情を持てば負けてしまうため、敗北することへの羞恥心が後には美しき精神を持った日本軍の兵士たちを戦闘ロボットに変え、恐ろしい行動を起こさせたのだ。人々は勝利を国に持ち帰りたいがために凶器と化したのだ。

どのような戦争でも人は残忍な行動をとる。だがその中で人間である面が見られるかは兵の置かれている現状による。勝ちの傾向であるなら手段を選ばずに敵を打ちのめし、人間面を失い、苦しい状況で同胞感が芽生えれば敵味方もなくなる。こうして真逆の行動が起こされるのだ。

電子版投稿者: T.Sasajima

September 6th, 2010 at 8:18 pm (PDT)

小説 「某年某月某日」

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小説
某年某月某日
中村 茉菜


 すっきりと晴れた日のことだった。空が夕日に染まりかけ、夕食のにおいが家中を漂う、父が仕事から帰宅し、新聞を広げていた、いつもと何一つ変わらない日。そう、何の変哲もない平和な日。

 「ドンドン。」

ふいにドアを叩くものすごい音。何かにかすかにひびが入ったのを感じたような気がした。

 「どなたかしら。」

母がそういって手を拭き、エプロンを取ろうとして手間取っていると、

 「マイケルとリサ・バラインはいないのか。」

父と母を呼ぶ男の太い声と重なる拳の音がしたかと思うと、あっという間に家の中に入ってきた。私は得体の知れない恐怖に駆られ、母の元に駆け寄り、彼女にしがみつきながらもすでに新聞から顔を上げていた父の元へと引っ張った。また何か静かに壊れてゆく。

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電子版投稿者: T.Sasajima

September 6th, 2010 at 2:04 am (PDT)