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Archive for the ‘清水 亮翔’ Category

【生徒作品】清水亮翔 12才

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【生徒作品】清水亮翔 12才
「ことわざの「転石(てんせき) 苔(こけ)を生ぜず」には、2つの取り方がある。そのどちらか賛成する方をとって、なぜ賛成するのかを書きなさい」

ことわざは、一人一人の考えや価値観によって決定されるものである。日頃は自覚(じかく)しないものの見方、感じ方をあぶり出して見せてくれる。例えば、「転石 苔を生ぜず」ということわざには、2つの取り方をとらえることができる。

まず1つ目の取り方は、アメリカの取り方である。この「転石 苔を生ぜず」を英語に訳したものが「A rolling stone gathers no moss」である。この訳は大変有名であり、苔が汚いこととして使われている。この英語の訳の場合、私たちに伝えたいことは、「商売変えをするような人間に、成功はおぼつかない」である。もっとはっきりにいうと、転職を繰り返すような人は金が貯まらないという意味で使われる。そして、これをひとひねりすると、相手を次々とり変えているような人間の愛は、いつまでたっても実を結ばないという取り方でもできる。

つまり、アメリカ人は苔のようなものが付いている暇もなく、アカやサビのようなものはこすり落とされてしまうと考えるのが「転石 苔を生ぜず」である。

2つ目の取り方は、イギリスと日本の取り方である。イギリスと日本の取り方は、アメリカの取り方と反対である。 アメリカは流動社会である。一方、イギリスは定着社会である。アメリカでは人間の移動は肯定されている。イギリスでは、「石の上にも3年」式に、なるべくなら同じところにじっとしているのが良いという考えである。それは、伝統を重んじるからである。歴史の浅いアメリカには重んじたくても、伝統がない。日本もイギリスと同じように、戦前の日本は農村型の社会であった。そのため、土地にしばり付けられている。家にもしばり付けられていた。イギリスと日本は、じっと同じところにいたいという気持ちが消えていない。

日本では昔から、苔を美しいものとしている。しかし、アメリカのような乾燥した土地では苔が育ちにくい。苔がお金であるイギリスの捉え方は、日本と似ていて、どちらとも苔は良いことだと取っている。しかし、アメリカの捉え方の場合、さびなどに似ていて、汚れているものだと思っている。

僕は、イギリスと日本の取り方に賛成し、苔は美しいものであり、アメリカの取り方であるサビのような汚いものだと思うのは間違っていると思う。なぜなら、苔は私たち人間より利口である。二酸化炭素を吸い、酸素をはいている。地球温暖化の対策として研究に使われている。苔が私たち動物のために一役買っているのに、きたないと思うアメリカの考え方は間違っていると思う。

電子版投稿者: グロスマンアカデミー

January 10th, 2017 at 9:44 pm (PDT)

【生徒作品】清水亮翔 12才

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【生徒作品】清水亮翔 12才
「日本人とアメリカインディアン」

1620年の11月に白人たちを乗せたメイフラワー号はアメリカインディアンズが住んでいたアメリカに来た。アメリカインディアンズは白人に洋服を提供して、どのようにして作物などを育てるかを教えてあげた。そのため、白人たちは厳しい寒い冬を乗り越えることができた。

しかし、1622年から1890年までインディアン戦争が起きた。白人が勝利し、インディアンズの領土などが取られた。その結果現在アメリカインディアンは、小さい場所に住まなければならないようになった。例えば、今年僕がGround Circleに行った時、Monument Valleyという場所があり、そこにはアメリカインディアンズの一部であるナバホ族が住んでいる。また、白人たちが来たので、今までなかった西洋の病気にかかってしまった。これにより、多くのインディアンズが死んでしまった。

アメリカインディアンズは白人たちにより住む場所が小さくなった。だから本当は、私たちはインディアンズに少し住む場所を提供しなければいけない。

だから、日本に連れていけば良いと思う。日本の人口が少なくなっていて、少子高齢化などの問題で日本が危ないことになってしまっている。しかし、アメリカインディアンズを受け入れることにより、その問題はなくなる。このためには、日本のことや日本語を教えなければいけない。

アメリカインディアンズにとって、日本語は英語より簡単である。英語の文章を書く時、最初に主語(S)で初め、動詞(V)をかく。最後に目的語(O)をかく。日本語の場合、最初に主語(S)で初め、その次に目的語(O)をかく。最後に、動詞(V)を書いて、文章になる。これはインディアンズと同じである。だから、日本語を覚えられるはずである。

しかもカリフォルニアの消滅したヤヒインディアンの最後の人の名前はIshiであった。イシという発音には母音が多い。また僕のお父さんが住んでいた千葉県の印西市では、「あなた」のことを「イシ」という。これだけではない。アメリカインディアンズは日本と深い関係がある。例えば、第二次世界大戦中アメリカインディアンズは日本人に似ていて、日本人とは戦いたくなかった。しかし、アメリカで生きていくため、アメリカ軍に協力しなければならなかった。

よって僕は、日本人とアメリカインディアンズは関係があり、インディアンズを日本に連れて来て、日本人として生きれば、日本の経済はよくなり、インディアンズも嬉しく暮らせると考える。

電子版投稿者: グロスマンアカデミー

December 18th, 2016 at 10:15 pm (PDT)

【生徒作品】清水亮翔 12才

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【生徒作品】清水亮翔 12才
「オートファジー的生き方をする社会とはどのような生き方の社会か」

2016年のノーベル生理学・医学賞は東京工業大学の大隅良典博士へ授与された。彼は、「オートファジー」を解明したことが評価された。オートファジーは、「自食作用(じしょくさよう)」とも呼び、ギリシャ語の「オート(自分)」と「ファジー(食べる)」を組み合わせたものである。オートファジーは普通の自食作用とは違って、不要なタンパク質などを細胞が分解して、再利用する。

人間の体を構成(こうせい)するタンパク質は食べ物の消化や呼吸、酸素の運搬(うんぱん)など様々な生命活動に関わる。タンパク質の素材であるアミノ酸は食べ物から取り込むだけでは足りない。不要になったタンパク質などをリサイクルすることで不足分を補う仕組みがオートファジーである。

そして、細胞のオートファシーシステムを我々の暮らし方に取り入れると、地球の環境問題はなくなるかもしれない。まずオートファジーシステムとは、いらないものが一切ない、つまり無駄がないシステムである。

オートファジーシステムから私たちの暮らしに取れ入れることができるもの、それは、無駄(むだ)を減すことである。細胞のオートファジーはいらなくなったタンパク質から再利用して、タンパク質を新しくする。私たちも細胞のように、何か再利用することができる。

例えば、いらなくなった缶をコップの代わりにし、すでに使ったジップロックなどを再利用することができる。しかも、コーヒーのカスも再利用できる。コーヒーを飲んでから、残ったコーヒーのカスを植物などにあげると肥料になり、植物が元気になる。

もう1つオートファジーから学べることは、リサイクル社会を作ることである。つまり、江戸時代のようにするということである。江戸時代は、100%リサイクル時代であり、1つも無駄はなかった。
よって僕は、細胞は私たちより早く、自分たちでリサイクル社会を作っていて、 オートファジーのシステムを使えば、環境問題はなくなると考える。

電子版投稿者: グロスマンアカデミー

November 13th, 2016 at 7:21 pm (PDT)

【生徒作品】清水亮翔 12才

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【生徒作品】清水亮翔 12才
「日本の女性の読解力も数的思考も世界一なのに・・・」

日本人女性は、すべての調査対象国の女性の中で、読解力と数的思考力の両方で最高点を得ている。世界トップレベルの能力を持った日本人女性だが、大学卒業者の就業率は先進国でも最低レベルにとどまっている。

このように日本人の女性は頭が良い。しかし、大学を卒業してから仕事につかず、せっかくの知識を何かにいかすことができない。それはなぜなのか。

まず1つ目の理由は、まだ日本には「男性より女性の能力が劣っている」という考えがまだ残っているからである。つまり、男尊女卑的(だんそんじょひてき)な文化がまだ日本に残っている。これをきっかけに、女性の中でも「自分は女だから男性ほどは仕事ができない」と思ってしまい、女性が仕事をするのが難しくなってしまう。

2つ目の理由は、「男性は会社へ行き働き、女性は家に残って子供の世話や家のことをやる」という文化がまだ残っているからである。そのため、女性がどんなに頭が良くて世の中の役にたつにもかかわらず、日本だと女性は家に残り、家のことをやり、仕事がしたくてもできない。

3つ目の理由は女性にある。日本人の女性は「私はこれができる」という強い意志をあまり持っていない。日本人の女性は、「私にはできません」という遠慮する考え方を持っている。そして、いくつかの研究結果から、女子生徒の方が男子生徒より自信を持てないと答えた結果が出ている。しかも、PISA(Program for International Student Assessment)の調査によると、すでに小学1年生から女の子が自信を持てないという研究結果が出ている。

日本人女性は、すべての調査対象国の女性の中で読解力と数的思考力の両方で最高点を得ているのに、その知識を使って世の中で生かすことができてない。今からこれを直さないと、少子高齢化などの問題でもうすぐ日本の経済は落ちてしまうと考える。

電子版投稿者: グロスマンアカデミー

November 13th, 2016 at 7:20 pm (PDT)

【生徒作品】清水亮翔 12歳

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【生徒作品】清水亮翔 12歳

「おかげさまの哲学を持つ中心の考え方」

ビートルズは1960年から1970年まで活動したイギリスのロックバンドである。ジョン・レノンはこのメンバーの1人で、奥さんはオノ・ヨーコであった。しかし、ジョン・レノンは1980年にニューヨークのマンションで射殺された。

彼は、日本の神道に強い関心を示していた。彼はアイルランドで生まれた。アイルランドの約75%がキリスト教徒であるが、ジョンは多くのアイルランド人とは違ってキリスト教は好きではなかった。それはなぜなのか。

キリスト教、ユダヤ教やイスラム教などは一神教である。一神教とは、ただ一つの神を信じていることである。キリスト教徒の場合、キリストを信じている。ユダヤ教徒の場合、ヤハウェを信じている。そしてイスラム教徒は、ムハンマドを信じている。

このように、キリスト教、ユダヤ教やイスラム教は一神教である。しかし仏教と神道は違う。神道は八百万の神である。そしてジョン・レノンはキリスト教を信じるのではなく、八百万の神を信じていた。八百万の神とは、どこにでも神がいることである。例えば、海、山、石やトイレにでもいる。

ジョンは八百万の神のほか、1つの日本の言葉が好きであった。それは、「おかげさま」である。なぜこれが好きなのかは、以下のように説明している。「おかげさまは、宇宙が誕生して以来の森羅万象に対する感謝の気持ちを表す語感を含んでいる」と言った。ジョンは詩人だったから、森羅万象に対する感覚が優れていた。

そしておかげさまの哲学を持つ考え方はどのようなものなのか。おかげさまはみんなのことである。今私たちはここにいるのは、何回も奇跡が起きたからである。小さなミスが起きてしまうと、私たちはここにいなかったかもしれない。だから日本人は「いただきます」を食べる前に言う。

「いただきます」は、作ってくれた人だけではなく、食べ物を運んでくれた人、育ててくれた人や販売している人いろいろな人に感謝を込めていう。だから、もしその中で1人でもいなかったとすると、私たちは健康に生きていなかったのかもしれない。

このようにおかげさまは、みんなのことを言っている。だから、もしおかげさまの気持ちが皆にあれば、今起きている中国が南シナ海に人工島を作っている問題などはなくなるはずである。おかげさまは自己中心ではない。

よってぼくは、ジョン・レノンはおかげさまの言葉が好きで、おかげさまの考えを持つ人は自己中心ではないと考える。

電子版投稿者: グロスマンアカデミー

October 17th, 2016 at 6:39 pm (PDT)

【生徒作品】清水亮翔 11歳

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【生徒作品】清水亮翔 11歳

「日本人の虫好きは日本の文化をどう作り上げているか」

日本人は虫が好きである。夏になると、日本の小学生たちはカブトムシやクワガタムシを捕まえるため、森に捕りにいく。他には、虫博士もいる。虫博士というのは、虫にすごく詳しく虫に関わる質問をすれば答えてくれる。大人の虫好きである。

しかし、欧米人は虫が好きではない。なぜなら、虫は死と腐敗のシンボルだからである。たとえば、人が死ぬと虫やハエが集まってくる。そのため、欧米人は虫が嫌いである。このような人たちは自然がわからないのである。ただ死んだ人のところに虫が近づくだけで、虫を死と腐敗のシンボルだと思ってしまう。しかし、虫は食物連鎖の一部で、生態系の大事な役目を果たしているのだ。ほかの生物と同等である。

日本人の虫好きは日本の文化をどう作り上げているのか。まず日本には家紋という文化がある。これは昔からあり、江戸幕府の家紋もある。広辞苑によると、家紋は家々によって一定した紋所で、つまり、家紋は日本において家を識別するための紋章である。

家紋はいろいろな形がある。月の形、三角の形、四角の形、生き物の形などがあるが、その多くは植物からきている。そのため、もし日本人が虫好きではなかったならば、このような家紋は存在しなかっただろう。

2つ目は俳句である。松尾芭蕉の俳句には多くの虫が出てくる。例えば、カエルやキリギリス。カエルの場合、「古池や かわず飛び込む 水の音」である。コオロギの場合、「無残やな かぶとの下の キリギリス」である。

このように俳句には虫がたくさん入っている。もし日本人が虫を好きではなければ、日本の文化の一部である俳句にも虫がうたわれ、日本人の自然観は虫を抜かしては成立しないのだ。

日本人の虫好きは、文化に影響するだけではない。バイオミミクリーにも影響したのかもしれない。バイオミミクリーは、虫の特徴をまねして、新しい技術を生み出すものである。このように、虫が好きであることはもっと虫のことを知ることができ、日本人はバイオミミクリーがもっとできるようになる。

よって僕は、欧米人は虫を死と腐敗のシンボルとしてしているが、日本人の虫好きは日本の文化を素晴らしくしたと考える。

電子版投稿者: グロスマンアカデミー

October 9th, 2016 at 1:37 pm (PDT)

【生徒作品】清水亮翔 11歳

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【生徒作品】清水亮翔 11歳

「地球へのスモッグと火星への移住」

現在地球は
スモッグで
大変なことになっている
スモッグが発生している
ところに住んでいる
地球上の9割以上の人が
スモックで苦しんでいる
がん、心臓病や他の病気を
引き起こしてしまう
多くの人が
スモックで大変なことに
なっている
そして火星へと
移住しようとしている
イーロン・マスクは
2023年までには
火星に行けるといっている
もうすぐ
10万ドルで
火星に行く
チケットが買える
しかし火星でもスモックが
地獄を作りだし
起きてしまうのかな
もし火星に行くことができ
住むことができるならば
そこで地球のように車や
発電所を作って
二酸化炭素を出す
だから地球のように
火星で済むようになったら
同じ人間だから
地球のようにスモックが
出てきて
また多くの人が
悩んでしまう

電子版投稿者: グロスマンアカデミー

October 9th, 2016 at 1:22 pm (PDT)

【生徒作品】清水亮翔 11歳

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【生徒作品】清水亮翔 11歳

「落語と二宮尊徳(そんとく)を持っている国と孔子(こうし)を持っている国。どちらが地球を救う?」

落語と二宮尊徳を持っている国と孔子を持っている国。どちらが地球を救うのだろうか。

落語と二宮尊徳を持っている国と孔子を持っている国、どちらが地球を救うのか、それは「落語と二宮尊徳を持っている国」である。つまり、日本のことである。では、それはなぜなのだろうか。

紀元前500年頃に孔子という人がいた。彼は二頭の馬を所有しており、そのうちの1頭である白馬が大変お気に入りだった。ある日、孔子が外出した時、厩(うまや)が火事になり、白馬が焼け死んでしまった。孔子が帰ってくるとと、留守を任されていた家来はこの火事で白馬が死んでしまったと孔子に伝えた。しかし、孔子が「他の家来は無事か」と聞くと、家来は全員無事だと答えた。すると、「それならばいいのだ」と孔子が言った。

このことから、孔子は馬より人間が大事だと思っていた。そして彼は太陽が一番賢い、お月様がその次で、星めらがその家来という考えを持っていた。これは孔子の考えであり、江戸時代の日本の考え方でもあった。

しかし、荻生徂徠(おぎゅうそらい)がこれは違うと言い、二宮尊徳も否定した。二宮尊徳は、近所の人が田植えの時に使い残して捨てた苗を拾い、荒地の水たまりに植えてみた。すると、その苗は力強く成長し、秋には1俵のお米を収穫することができた。

このように、植物はどこでも生きられる。稲は田んぼでなくても、水たまりでも成長した。屋根の上でも草は生えてくる。私たちは、誰かから何かを教えてもらわないと一人では何も出来ない。しかし、植物は誰から教えてもらうわけでもなく自然的に生えてくる。

このように、中国は天道(自然の法則のこと)と人道(社会の法則のこと)を同じ扱いにしていた。しかし、日本の尊徳と徂徠は天道と人道を同等に扱うのはおかしいと言った。もし動物は人間のために生きているという考え方を持っている国があるのならば、地球を救えるはずがない。

よって僕は、地球を救えるのは落語と二宮尊徳を持っている国、日本が救えると考える。

電子版投稿者: グロスマンアカデミー

October 3rd, 2016 at 7:50 pm (PDT)

【生徒作品】清水亮翔 11歳

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【生徒作品】清水亮翔 11歳

「クスノキから樟脳(しょうのう)を取ることを知った日本人の知恵(ちえ)は、地球上での正しい生き方を示している。説明しなさい」

樟脳というものがある。広辞苑によると樟脳は、分子式C10H16Oの無色半透明の光沢ある結晶で、特異の芳香をもつ。これを簡単に説明すると、樟脳は虫が天然素材の絹(きぬ)や綿を食べるのを防ぐための防虫剤である。

現在では、樟脳の代わりに「ナフタリン」という化学製品を用いて防虫剤として使っている。ナフタリンは芳香族の炭化水素であり、その香りが虫を追い出すのである。

日本人が発明した防虫剤はクスノキからとる樟脳である。なぜこれが地球上での正しい生き方を示しているのか。

クスノキから作る樟脳は、すべての製造工程に最低でも10日間かかる。しかも、6トンのクスノキからとれる樟脳は、多いときでも20~30kgにすぎない。成分の少ないクスノキでは12~13kgの樟脳しかとれないこともある。

このように、クスノキから樟脳を取るには時間がかかり、手間もかかる。では、なぜナフタリンを使わないのか。

確かに、ナフタリンは、クスノキから作る樟脳よりも素早く作ることができ、手間暇をかけずに作ることができるのかもしれない。
しかし、化学物質のナフタリンよりもクスノキから作る樟脳のほうが地球にとっては良いのである。

なぜなら、1つ目の理由は、エコであるからである。6トンのクスノキからとれる樟脳は多いときでも20~30kgしか取れないかもしれない。だが、クスノキから樟脳を作る際に残ったチップを違うことに再利用して使うことができる。つまり、無駄がないのである。

この無駄がないという点では、日本の江戸時代は優れていた。なぜなら、江戸時代は100%リサイクルで生活していたからである。

2つ目の理由は、防虫剤の材質の違いだ。ナフタリンは化学物質であり、樟脳は天然素材を用いている。樟脳はすでに地球上に自然に存在するものであるが、工場で作った化学物質は地球にどのような悪さをしているのかがわからない。つまり、天然素材のほうが地球にとってやさしいのである。

よってぼくは、日本人の知恵で作ったクスノキの樟脳を防虫剤とするほうが地球にとって良い事だと思う。

電子版投稿者: グロスマンアカデミー

September 24th, 2016 at 9:30 pm (PDT)

【生徒作品】清水亮翔 11歳

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【生徒作品】清水亮翔 11歳

「自分の住んでいる場所」

ぼくは家の前の道路に
15分間立っていた
すると風がフューフューと
吹いていた
ハチがブウーンブウーン
飛んでいて
空は真っ青で
雲がない
寂しいだろうけど
明日来るよと雲がどこかで言ってた
車がブンブン
走っている
二酸化炭素
出ている
地球温暖化に
つながるよ
大きい犬が
ワンワンと
コンバンワするし
小さい鳥が
ピュピュとさえずるし
ぼくの家の前の道路では
いろいろドラマがあるよ
立っているだけでも
楽しいんだ
僕が住んでいる
アメリカのカリフォルニアの道を
僕は気に入ってるんだ

電子版投稿者: グロスマンアカデミー

September 24th, 2016 at 9:27 pm (PDT)