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Archive for the ‘清水 亮翔’ Category

【生徒作品】清水亮翔 12歳

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【生徒作品】清水亮翔 12歳

「アインシュタインはなぜエンジニアにならなかった」

アルバート・アインシュタインは1879年にドイツのウルムという小さな町でユダヤ人の家に生まれた。お父さんはヘルマンという温和な実業家で、お母さんのバウリーネは、物静かで、ピアノに興味があった。お父さんには、ヤコブという電気技術の弟がいて、数学に関心を持ち、若いアルバートについ良い影響を与えた。

天才的な人は、幼い時から優れた才能で大人を驚かし、そのため神童などと言われる人もいる。しかし幼い頃のアインシュタインは、喋り始めるのが比較的遅かったので、周りの人が心配していたという話がある。しかも自分が話したことをもう一度繰り返していう癖があり、いうことがたどたどしく、そのためか、かんしゃくの発作を爆発させることもあったそうである。

そして彼は考えるのに時間がかかったが、物事を突き詰める性格に育っていった。例えば、彼が4歳か5歳の時、お父さんから方位磁石を見せてもらった。磁石で遊ぶ子供は世の中にたくさんいるが、それがアインシュタインに与えた驚きは衝撃的だった。磁石を移動させて回転させてみたりした時、その針は常に一定の向き(北)を刺そうとする。

普通の人だとなぜ北に向くのかと思わない。気づいた人がいたかもしれないが、その不思議さについて考えぬくことができなかった。しかしアインシュタインは違う。彼はなぜ磁石が北に刺すのかと疑問に思った。そしてここで終わるのではなく、その疑問をアインシュタインは追求した。

アインシュタインが疑問に思ったのは、磁石だけではない。また、光についても、重力についても、普通の人が気づかないでいたことに気づいた。

アインシュタインは、「人は幼い時から見慣れているものをみても驚きませんが、見慣れているものが全く矛盾する動きをしたりすると、大きな驚きを受けます。このような驚きによって考え方が開けるのだ」といった。

アインシュタインがエンジニアになぜならなかったというと追求したいからである。エンジニアは、何かものを作る。しかしアインシュタインはその反対であり、すでにあるものを掘り出し、追求したかったからであると考える。

電子版投稿者: グロスマンアカデミー

July 16th, 2017 at 12:52 pm (PDT)

【生徒作品】清水亮翔 12歳

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【生徒作品】清水亮翔 12歳

「日本の昔話の『うばすて山』には何が書いてあるの?」

昔60歳を超えたら山に捨てるという国があった。どんな親孝行でもこれを守らなければいけない。そして、ある村に、とても親孝行の息子がいた。その母親にもその時がやって来た。
その晩息子は母親に、母親の好きなものをたくさん食べさせた。食べ終わった後、息子は母親を背負い、山へと向かった。山が深くなると、パチパチという音が背中のところから聞こえて来た。何をしているのかと聞きたかったが、母親を背負って、転ばないように気を配るだけで、精一杯だった。

とうとう、母親を置いていく場所に着いた。すると母親は、「私のことは暗示なくても良い。何より、お前の身が、一番じゃ。帰りに迷わぬように、枝を折って、印をつけて置いたからな。早く帰らねば、日がくれてしまう。早くいけ。早くいけ」と言った。それを聞いた息子は、どうしても母親を置いて帰ることはできなかったので、母親と家に帰った。誰にも見られないように、夜になるのを待って家に帰り、母親を床下に隠した。

それからしばらくしたある日である。息子の住んでいる国様が、隣の国から、三つの難題を突きつけられ、答えられなければ、隣の国が攻めてくる。その三つの難題とは、七つの曲がりが歩きの筒に糸を通せ、1人でなる太鼓を作れと灰で縄を萎えである。息子がいる村でも大騒ぎになった。そのため、息子は夜になると、母親にこのことを話した。するとお母さんは笑って、すべての難題の答えを言ってしまった。息子は母親に教えられたようにやってみると、きちんとできた。

早速息子は、村の長にそれを見せた。そして村の長は、すぐさま、殿様のところに持っていた。すると王様は驚き、こんな難題を解けるものなど、自分の国にはいないと、諦めかけていたからである。これでもう隣の国から攻めてこられないようになった。

殿様はこの難題をといた人に会いたいと言った。そして息子は、との様の前に連れて行かれた。すると息子は、これは自分の知恵ではないと言い、自分の母親のことを話した。
すると殿様は、初めて自分の過ちに気づいて、年寄りを山に捨てる決まりを、辞めることにした。それからは、どの国よりも年寄りを大切にする国になった。

この話には日本の昔話にしかない。年寄りを大事にするのは、日本である。もし年寄りの人が重たい荷物を抱えていたら、それを自分は助けないといけない。このような年寄りを大事にするということは、日本の昔話から伝わっていることがわかる。
しかもこの話には、自分より他人のことを考えるということが書いてある。母親はピンチの時でも、息子のことを考えた。自分が山に捨てられるというのに、枝を折って息子が迷わないようにその折った枝を地面に落とした。

もう1つこの話の中に、私たち日本人に伝えたいことがある。それは少子高齢化のことである。現在日本は少子高齢化という問題を抱えていて、子供が頑張っていて、お年寄りの方が多くなっている。この問題を日本人は悪い面で扱っている。しかしお年寄りの知識や経験を生かして、日本の経済をあげ、中国を抜かすかもしれないと考える。

電子版投稿者: グロスマンアカデミー

July 16th, 2017 at 12:38 pm (PDT)

【生徒作品】清水亮翔 12歳

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【生徒作品】清水亮翔 12歳

「川久保玲の服はなぜ着る人を自由にするのか」

日本経済新聞の6月11日の記事に、川久保玲さんのことが書いてある記事がある。そこには、なぜコム・デ・ギャルソンの服を着る人は自由になるかが書いてある。それはなぜなのか。

川久保玲さんは、日本のファッションデザーナーで、コム・デ・ギャルソン創始者である。キャロライン・ケネディ前日米大使も川久保さんのファンであった。ケネディ前日本大使は、「子供達は日本に来るたびに、コム・デ・ギャルソンの店に行きたかった。あそこに行けば今何が起こっているかわかるからって」と振り返る。

ケネディさんの子供達まで、コム・デ・ギャルソンは特別だと思っている。なぜ特別なのか。それはコム・デ・ギャルソンの服を着ると自由になるからである。川久保さんによると、「『コム』を着る理由?普段は保守的な自分が解放されるから。強い気持ちになって自由を感じる」と言っている。

コム・デ・ギャルソンを着る人は「自由になれる」という。例えば、年齢や性別からの自由。全身黒のコムを着て展覧会場を訪れているオーストラリア人のナターシャ・チュウさんは、「女性であることを意識しなくていい服」という。

自由とは、人と違っていられることである。それには強さが必要である。強い自分になれる服を作り続けているのがコム・デ・ギャルソンである。ジャケットをはおり、ニットに袖を通すだけで着る人は感じる。周りにはわからなくても、自分はわかる。

なぜコム・デ・ギャルソンを着ている人を自由にできるかは、「新しさ」の追求をやめないからである。ほとんどのデザイナーはそのモチベーションを持ち続けられない。

洋服には自分だけのアイデンティティ、社会が押しつけるアイデンティティではないものが出てくる。自分の服に文字がたくさん書いてあったり、あまりよくないことが書いてあったりすると、自分のアイデンティティはまちがえられる方にいってしまう。しかし何も書いてなく、はじめて見るデザインで自分を表す服を着ると、自分の新しいアイデンティティが出てくる。

よって僕は、洋服というものはアイデンティティであり、なぜコム・デ・ギャルソンの服を着る人を自由にするかというと、「新しさ」の追求をしているからだと考える。

電子版投稿者: グロスマンアカデミー

July 1st, 2017 at 9:51 pm (PDT)

【生徒作品】清水亮翔 12歳

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【生徒作品】清水亮翔 12歳
「人種差別は自然の多様性の秩序(ちつじょ)とあいいれないと私は考える」

トランプ大統領を支持している人たちは、人種差別者たちである。ジャレッド・デイラー氏はトランプ大統領を支持している人種差別者である。なぜ彼は人種差別者なのか。記者が彼に「なぜトランプ大統領を支持しているのか」と聞くと、彼はこう言った。「白人の知能指数を百としましょう。黒人は85で、ヒスパニックはその中間にいます。黒人はアメリカで最も知能指数が低いグループにいるのです。これは差別でありません。遺伝子的な現実なのです」とテイラー氏は言った。

国家政策研究所の所長に若くして就任したリチャード・スペンサー氏も人種差別者である。彼は、「オルタナティブ・ライト」というウェブサイトを立ち上げた。しかし彼の名が広く知られるようになったのは、トランプ氏が大統領で勝利した後の振る舞いである。ナチスドイツでは、「ハイル(万歳)ヒトラー」と呼んで右手を上にあげ敬礼をした。スペンサー氏が「ハイル」の英語に当たる「ヘイル」を使って「ヘイル(万歳)トランプ」と呼ぶと、その集会に参加していた人々が一斉にナチス式の敬礼を行なった。

フランスでは大統領選挙が行われた。ルペン氏は「女のトランプ」と言われている。彼女はフランス大統領候補者の一人であり、トランプのように自分の国だけが良ければという考え方を持っている。そのためもし自分が大統領になったらEUから離脱すると言った。しかし国民選挙の後マクロン氏が選挙で勝った。

私たちは、ホモ・サピエンスである。ホモ・サピエンスは、同じヒトという動物の他の種類を皆滅ぼしてきた。 ネアンデルタール人やホモ・サピエンスがいた時は、生きるか死ぬかの世の中であった。生きるためには、他のヒトという動物を皆滅ぼさないといけなかった。

人種差別者、ルペン氏はホモ・サピエスは自分たちだけで成り立つと思っている。しかしそれは間違っていて、自然の多様性の秩序とあい入れない。自然の多様性とは、全部が集まって自然が成り立っているということである。自然の中では食べるものと食べられるものがいる。そのどちらがいなくなると、生態系が成り立たなくなってしまう。

よって僕は、人種差別は自然の多様性の秩序とあい入れないと考えるのだ。トランプ政権は自然から学ばないといけない。そして日本の文化で生物の多様性を生き方の基本にするものは、お互い様だと思う。自然の多様性とは、全部が集まって自然が成り立っているということであるだけではない。他には共生と寄生(きせい)がある。共生はお互いにwin-winの関係である。寄生は、片方が利益をもらえ、もう片方は損をする。お互い様とは、共生と似ている。お互い様は日本の常識であり、お互い様とはたった一人が得や損をするのではなく、皆助けたり助けられたりして皆で協力して生きていくことである。

電子版投稿者: グロスマンアカデミー

May 14th, 2017 at 9:30 pm (PDT)

【生徒作品】清水 亮翔 12歳

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【生徒作品】清水亮翔 12歳
「『もし』と言う条件的思考」

「もし」と言うものは、条件的思考である。そして「もし」と思うことは本当に大切である。もしと考えると、1つのことを考えるだけではなく、他のことにも集中できる。

例えば、日露戦争の前夜、当時の日本のリーダーであった、総理大臣桂太郎、伊藤博文や外務大臣小村寿太郎が京都に集まり、日露戦争のことを話した。今まで日本は戦争で負けるという考え方はなかった。なぜなら、日本の教育の一部で、天皇をいただく日本が戦争で負けるなどということは考えてはいけなかったからである。

しかし、当時の日本のリーダーたちは、この型にはまっていなかった。ロシアに対して戦端を開き、負けることになったらどれほどの不運を国民に負わせるかを考えた。冷静に、「もし自分の国が負けたら」と考えていた。

その当時、「もし自分の国が負けたら」ということは考えられないことであった。しかしその時のリーダーであった総理大臣桂太郎、伊藤博文や外務大臣小村寿太郎はcritical thinkingができた。彼らがこのようなcritical thinkingができたので、ロシアと戦争を始めたけれど最後まで戦わず、講和条約を結んだ。

総理大臣桂太郎、伊藤博文や外務大臣小村寿太郎のリーダーが冷静に、「もし自分の国が負けたら」と考えた結果、日本はあまり被害が起こらなかった。もし日本がロシアと戦争を続けていれば、日本は負けていて、たくさんのものを失っただろう。

「もし」という条件的思考は大事なものであり、総理大臣桂太郎、伊藤博文や外務大臣小村寿太郎のリーダーが冷静にcritical thinkingができたから、現在の日本がある。そして「もし」というのは、条件的思考だけではない。想像力、冷静な思考判断やポピュリズムに流されない思考でもあると考える。

電子版投稿者: グロスマンアカデミー

April 15th, 2017 at 9:53 pm (PDT)

【生徒作品】清水 亮翔 12歳

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【生徒作品】清水亮翔 12歳
「はじめに言葉があった」

はじめに言葉があった
言葉は神と共にあった
神が光あれ
と言ったときから
言葉がある
そして神が光を
作る前から闇はあった
聖書にはこう書いてある
言葉の内に命があった
命は人間を照らす光であった
光は暗闇の中で
輝いている
暗闇は光を理解しなかった
と書いてある

光とは何か
聖書には
光は暗闇の中で照らしているものと
書いてある
闇とは光の反対であり
暗い状態である
なぜ神は最初に
光を作ったのか
光がないと何もできないからである
そして闇を追い出すためである

電子版投稿者: グロスマンアカデミー

April 15th, 2017 at 9:51 pm (PDT)

【生徒作品】清水亮翔 12才

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【生徒作品】清水亮翔 12才
「 アーネスト・ヘミングウェイとグロスマン先生」

FloridaのKey Westに
アーネスト・ヘミングウェイの
家がある
そこを訪れて感じたことがある
グロスマン先生とヘミングウェイは
似ているところがある

まず二人とも
たくさんの文章を
書くことである
ヘミングウェイは
小説などを書き
それを売った

グロスマンの先生の場合
勉強を好んでいて
たくさんの文章を書く

もう1つの共通点は
2人ともたくさんの猫を飼っている
猫は犬と違い
大人しく
頭が良い顔をしていて
何かを考えているようである

唯一違うところは
グロスマン先生の猫は
普通の猫と同じ
5本指である
しかしヘミングウェイが
かっていた猫は
6本指である
今でもヘミングウェイの家には
6本指の猫の子孫が残っている
ぼくもその6本指の猫を実際に見た

これでわかったことは
文章をたくさん書く人は
猫を飼っている
何か猫から
アイディアをもらっているのかも
しれない

猫はじーっとしていて
犬と違い
嬉しい時も
悲しい時も
大人しく
頭の中で
何かを考えている

ヘミングウェイの猫は
ヘミングウェイが
文章をたくさん書いているところを
たくさん見ていた
猫もヘミングウェイのように
文章を書きたくなって
ペンをもちたくなった
だから6本指に
なったのかもしれない

グロスマン先生の猫も
文章を書きたくなり
6本指になるのかもしれない

電子版投稿者: グロスマンアカデミー

January 10th, 2017 at 10:04 pm (PDT)

【生徒作品】清水亮翔 12才

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【生徒作品】清水亮翔 12才
「ことわざの「転石(てんせき) 苔(こけ)を生ぜず」には、2つの取り方がある。そのどちらか賛成する方をとって、なぜ賛成するのかを書きなさい」

ことわざは、一人一人の考えや価値観によって決定されるものである。日頃は自覚(じかく)しないものの見方、感じ方をあぶり出して見せてくれる。例えば、「転石 苔を生ぜず」ということわざには、2つの取り方をとらえることができる。

まず1つ目の取り方は、アメリカの取り方である。この「転石 苔を生ぜず」を英語に訳したものが「A rolling stone gathers no moss」である。この訳は大変有名であり、苔が汚いこととして使われている。この英語の訳の場合、私たちに伝えたいことは、「商売変えをするような人間に、成功はおぼつかない」である。もっとはっきりにいうと、転職を繰り返すような人は金が貯まらないという意味で使われる。そして、これをひとひねりすると、相手を次々とり変えているような人間の愛は、いつまでたっても実を結ばないという取り方でもできる。

つまり、アメリカ人は苔のようなものが付いている暇もなく、アカやサビのようなものはこすり落とされてしまうと考えるのが「転石 苔を生ぜず」である。

2つ目の取り方は、イギリスと日本の取り方である。イギリスと日本の取り方は、アメリカの取り方と反対である。 アメリカは流動社会である。一方、イギリスは定着社会である。アメリカでは人間の移動は肯定されている。イギリスでは、「石の上にも3年」式に、なるべくなら同じところにじっとしているのが良いという考えである。それは、伝統を重んじるからである。歴史の浅いアメリカには重んじたくても、伝統がない。日本もイギリスと同じように、戦前の日本は農村型の社会であった。そのため、土地にしばり付けられている。家にもしばり付けられていた。イギリスと日本は、じっと同じところにいたいという気持ちが消えていない。

日本では昔から、苔を美しいものとしている。しかし、アメリカのような乾燥した土地では苔が育ちにくい。苔がお金であるイギリスの捉え方は、日本と似ていて、どちらとも苔は良いことだと取っている。しかし、アメリカの捉え方の場合、さびなどに似ていて、汚れているものだと思っている。

僕は、イギリスと日本の取り方に賛成し、苔は美しいものであり、アメリカの取り方であるサビのような汚いものだと思うのは間違っていると思う。なぜなら、苔は私たち人間より利口である。二酸化炭素を吸い、酸素をはいている。地球温暖化の対策として研究に使われている。苔が私たち動物のために一役買っているのに、きたないと思うアメリカの考え方は間違っていると思う。

電子版投稿者: グロスマンアカデミー

January 10th, 2017 at 9:44 pm (PDT)

【生徒作品】清水亮翔 12才

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【生徒作品】清水亮翔 12才
「日本人とアメリカインディアン」

1620年の11月に白人たちを乗せたメイフラワー号はアメリカインディアンズが住んでいたアメリカに来た。アメリカインディアンズは白人に洋服を提供して、どのようにして作物などを育てるかを教えてあげた。そのため、白人たちは厳しい寒い冬を乗り越えることができた。

しかし、1622年から1890年までインディアン戦争が起きた。白人が勝利し、インディアンズの領土などが取られた。その結果現在アメリカインディアンは、小さい場所に住まなければならないようになった。例えば、今年僕がGround Circleに行った時、Monument Valleyという場所があり、そこにはアメリカインディアンズの一部であるナバホ族が住んでいる。また、白人たちが来たので、今までなかった西洋の病気にかかってしまった。これにより、多くのインディアンズが死んでしまった。

アメリカインディアンズは白人たちにより住む場所が小さくなった。だから本当は、私たちはインディアンズに少し住む場所を提供しなければいけない。

だから、日本に連れていけば良いと思う。日本の人口が少なくなっていて、少子高齢化などの問題で日本が危ないことになってしまっている。しかし、アメリカインディアンズを受け入れることにより、その問題はなくなる。このためには、日本のことや日本語を教えなければいけない。

アメリカインディアンズにとって、日本語は英語より簡単である。英語の文章を書く時、最初に主語(S)で初め、動詞(V)をかく。最後に目的語(O)をかく。日本語の場合、最初に主語(S)で初め、その次に目的語(O)をかく。最後に、動詞(V)を書いて、文章になる。これはインディアンズと同じである。だから、日本語を覚えられるはずである。

しかもカリフォルニアの消滅したヤヒインディアンの最後の人の名前はIshiであった。イシという発音には母音が多い。また僕のお父さんが住んでいた千葉県の印西市では、「あなた」のことを「イシ」という。これだけではない。アメリカインディアンズは日本と深い関係がある。例えば、第二次世界大戦中アメリカインディアンズは日本人に似ていて、日本人とは戦いたくなかった。しかし、アメリカで生きていくため、アメリカ軍に協力しなければならなかった。

よって僕は、日本人とアメリカインディアンズは関係があり、インディアンズを日本に連れて来て、日本人として生きれば、日本の経済はよくなり、インディアンズも嬉しく暮らせると考える。

電子版投稿者: グロスマンアカデミー

December 18th, 2016 at 10:15 pm (PDT)

【生徒作品】清水亮翔 12才

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【生徒作品】清水亮翔 12才
「オートファジー的生き方をする社会とはどのような生き方の社会か」

2016年のノーベル生理学・医学賞は東京工業大学の大隅良典博士へ授与された。彼は、「オートファジー」を解明したことが評価された。オートファジーは、「自食作用(じしょくさよう)」とも呼び、ギリシャ語の「オート(自分)」と「ファジー(食べる)」を組み合わせたものである。オートファジーは普通の自食作用とは違って、不要なタンパク質などを細胞が分解して、再利用する。

人間の体を構成(こうせい)するタンパク質は食べ物の消化や呼吸、酸素の運搬(うんぱん)など様々な生命活動に関わる。タンパク質の素材であるアミノ酸は食べ物から取り込むだけでは足りない。不要になったタンパク質などをリサイクルすることで不足分を補う仕組みがオートファジーである。

そして、細胞のオートファシーシステムを我々の暮らし方に取り入れると、地球の環境問題はなくなるかもしれない。まずオートファジーシステムとは、いらないものが一切ない、つまり無駄がないシステムである。

オートファジーシステムから私たちの暮らしに取れ入れることができるもの、それは、無駄(むだ)を減すことである。細胞のオートファジーはいらなくなったタンパク質から再利用して、タンパク質を新しくする。私たちも細胞のように、何か再利用することができる。

例えば、いらなくなった缶をコップの代わりにし、すでに使ったジップロックなどを再利用することができる。しかも、コーヒーのカスも再利用できる。コーヒーを飲んでから、残ったコーヒーのカスを植物などにあげると肥料になり、植物が元気になる。

もう1つオートファジーから学べることは、リサイクル社会を作ることである。つまり、江戸時代のようにするということである。江戸時代は、100%リサイクル時代であり、1つも無駄はなかった。
よって僕は、細胞は私たちより早く、自分たちでリサイクル社会を作っていて、 オートファジーのシステムを使えば、環境問題はなくなると考える。

電子版投稿者: グロスマンアカデミー

November 13th, 2016 at 7:21 pm (PDT)