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Archive for the ‘清水 亮翔’ Category

【生徒作品】清水亮翔 12歳

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【生徒作品】清水亮翔 12歳
「人種差別は自然の多様性の秩序(ちつじょ)とあいいれないと私は考える」

トランプ大統領を支持している人たちは、人種差別者たちである。ジャレッド・デイラー氏はトランプ大統領を支持している人種差別者である。なぜ彼は人種差別者なのか。記者が彼に「なぜトランプ大統領を支持しているのか」と聞くと、彼はこう言った。「白人の知能指数を百としましょう。黒人は85で、ヒスパニックはその中間にいます。黒人はアメリカで最も知能指数が低いグループにいるのです。これは差別でありません。遺伝子的な現実なのです」とテイラー氏は言った。

国家政策研究所の所長に若くして就任したリチャード・スペンサー氏も人種差別者である。彼は、「オルタナティブ・ライト」というウェブサイトを立ち上げた。しかし彼の名が広く知られるようになったのは、トランプ氏が大統領で勝利した後の振る舞いである。ナチスドイツでは、「ハイル(万歳)ヒトラー」と呼んで右手を上にあげ敬礼をした。スペンサー氏が「ハイル」の英語に当たる「ヘイル」を使って「ヘイル(万歳)トランプ」と呼ぶと、その集会に参加していた人々が一斉にナチス式の敬礼を行なった。

フランスでは大統領選挙が行われた。ルペン氏は「女のトランプ」と言われている。彼女はフランス大統領候補者の一人であり、トランプのように自分の国だけが良ければという考え方を持っている。そのためもし自分が大統領になったらEUから離脱すると言った。しかし国民選挙の後マクロン氏が選挙で勝った。

私たちは、ホモ・サピエンスである。ホモ・サピエンスは、同じヒトという動物の他の種類を皆滅ぼしてきた。 ネアンデルタール人やホモ・サピエンスがいた時は、生きるか死ぬかの世の中であった。生きるためには、他のヒトという動物を皆滅ぼさないといけなかった。

人種差別者、ルペン氏はホモ・サピエスは自分たちだけで成り立つと思っている。しかしそれは間違っていて、自然の多様性の秩序とあい入れない。自然の多様性とは、全部が集まって自然が成り立っているということである。自然の中では食べるものと食べられるものがいる。そのどちらがいなくなると、生態系が成り立たなくなってしまう。

よって僕は、人種差別は自然の多様性の秩序とあい入れないと考えるのだ。トランプ政権は自然から学ばないといけない。そして日本の文化で生物の多様性を生き方の基本にするものは、お互い様だと思う。自然の多様性とは、全部が集まって自然が成り立っているということであるだけではない。他には共生と寄生(きせい)がある。共生はお互いにwin-winの関係である。寄生は、片方が利益をもらえ、もう片方は損をする。お互い様とは、共生と似ている。お互い様は日本の常識であり、お互い様とはたった一人が得や損をするのではなく、皆助けたり助けられたりして皆で協力して生きていくことである。

電子版投稿者: グロスマンアカデミー

May 14th, 2017 at 9:30 pm (PDT)

【生徒作品】清水 亮翔 12歳

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【生徒作品】清水亮翔 12歳
「『もし』と言う条件的思考」

「もし」と言うものは、条件的思考である。そして「もし」と思うことは本当に大切である。もしと考えると、1つのことを考えるだけではなく、他のことにも集中できる。

例えば、日露戦争の前夜、当時の日本のリーダーであった、総理大臣桂太郎、伊藤博文や外務大臣小村寿太郎が京都に集まり、日露戦争のことを話した。今まで日本は戦争で負けるという考え方はなかった。なぜなら、日本の教育の一部で、天皇をいただく日本が戦争で負けるなどということは考えてはいけなかったからである。

しかし、当時の日本のリーダーたちは、この型にはまっていなかった。ロシアに対して戦端を開き、負けることになったらどれほどの不運を国民に負わせるかを考えた。冷静に、「もし自分の国が負けたら」と考えていた。

その当時、「もし自分の国が負けたら」ということは考えられないことであった。しかしその時のリーダーであった総理大臣桂太郎、伊藤博文や外務大臣小村寿太郎はcritical thinkingができた。彼らがこのようなcritical thinkingができたので、ロシアと戦争を始めたけれど最後まで戦わず、講和条約を結んだ。

総理大臣桂太郎、伊藤博文や外務大臣小村寿太郎のリーダーが冷静に、「もし自分の国が負けたら」と考えた結果、日本はあまり被害が起こらなかった。もし日本がロシアと戦争を続けていれば、日本は負けていて、たくさんのものを失っただろう。

「もし」という条件的思考は大事なものであり、総理大臣桂太郎、伊藤博文や外務大臣小村寿太郎のリーダーが冷静にcritical thinkingができたから、現在の日本がある。そして「もし」というのは、条件的思考だけではない。想像力、冷静な思考判断やポピュリズムに流されない思考でもあると考える。

電子版投稿者: グロスマンアカデミー

April 15th, 2017 at 9:53 pm (PDT)

【生徒作品】清水 亮翔 12歳

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【生徒作品】清水亮翔 12歳
「はじめに言葉があった」

はじめに言葉があった
言葉は神と共にあった
神が光あれ
と言ったときから
言葉がある
そして神が光を
作る前から闇はあった
聖書にはこう書いてある
言葉の内に命があった
命は人間を照らす光であった
光は暗闇の中で
輝いている
暗闇は光を理解しなかった
と書いてある

光とは何か
聖書には
光は暗闇の中で照らしているものと
書いてある
闇とは光の反対であり
暗い状態である
なぜ神は最初に
光を作ったのか
光がないと何もできないからである
そして闇を追い出すためである

電子版投稿者: グロスマンアカデミー

April 15th, 2017 at 9:51 pm (PDT)

【生徒作品】清水亮翔 12才

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【生徒作品】清水亮翔 12才
「 アーネスト・ヘミングウェイとグロスマン先生」

FloridaのKey Westに
アーネスト・ヘミングウェイの
家がある
そこを訪れて感じたことがある
グロスマン先生とヘミングウェイは
似ているところがある

まず二人とも
たくさんの文章を
書くことである
ヘミングウェイは
小説などを書き
それを売った

グロスマンの先生の場合
勉強を好んでいて
たくさんの文章を書く

もう1つの共通点は
2人ともたくさんの猫を飼っている
猫は犬と違い
大人しく
頭が良い顔をしていて
何かを考えているようである

唯一違うところは
グロスマン先生の猫は
普通の猫と同じ
5本指である
しかしヘミングウェイが
かっていた猫は
6本指である
今でもヘミングウェイの家には
6本指の猫の子孫が残っている
ぼくもその6本指の猫を実際に見た

これでわかったことは
文章をたくさん書く人は
猫を飼っている
何か猫から
アイディアをもらっているのかも
しれない

猫はじーっとしていて
犬と違い
嬉しい時も
悲しい時も
大人しく
頭の中で
何かを考えている

ヘミングウェイの猫は
ヘミングウェイが
文章をたくさん書いているところを
たくさん見ていた
猫もヘミングウェイのように
文章を書きたくなって
ペンをもちたくなった
だから6本指に
なったのかもしれない

グロスマン先生の猫も
文章を書きたくなり
6本指になるのかもしれない

電子版投稿者: グロスマンアカデミー

January 10th, 2017 at 10:04 pm (PDT)

【生徒作品】清水亮翔 12才

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【生徒作品】清水亮翔 12才
「ことわざの「転石(てんせき) 苔(こけ)を生ぜず」には、2つの取り方がある。そのどちらか賛成する方をとって、なぜ賛成するのかを書きなさい」

ことわざは、一人一人の考えや価値観によって決定されるものである。日頃は自覚(じかく)しないものの見方、感じ方をあぶり出して見せてくれる。例えば、「転石 苔を生ぜず」ということわざには、2つの取り方をとらえることができる。

まず1つ目の取り方は、アメリカの取り方である。この「転石 苔を生ぜず」を英語に訳したものが「A rolling stone gathers no moss」である。この訳は大変有名であり、苔が汚いこととして使われている。この英語の訳の場合、私たちに伝えたいことは、「商売変えをするような人間に、成功はおぼつかない」である。もっとはっきりにいうと、転職を繰り返すような人は金が貯まらないという意味で使われる。そして、これをひとひねりすると、相手を次々とり変えているような人間の愛は、いつまでたっても実を結ばないという取り方でもできる。

つまり、アメリカ人は苔のようなものが付いている暇もなく、アカやサビのようなものはこすり落とされてしまうと考えるのが「転石 苔を生ぜず」である。

2つ目の取り方は、イギリスと日本の取り方である。イギリスと日本の取り方は、アメリカの取り方と反対である。 アメリカは流動社会である。一方、イギリスは定着社会である。アメリカでは人間の移動は肯定されている。イギリスでは、「石の上にも3年」式に、なるべくなら同じところにじっとしているのが良いという考えである。それは、伝統を重んじるからである。歴史の浅いアメリカには重んじたくても、伝統がない。日本もイギリスと同じように、戦前の日本は農村型の社会であった。そのため、土地にしばり付けられている。家にもしばり付けられていた。イギリスと日本は、じっと同じところにいたいという気持ちが消えていない。

日本では昔から、苔を美しいものとしている。しかし、アメリカのような乾燥した土地では苔が育ちにくい。苔がお金であるイギリスの捉え方は、日本と似ていて、どちらとも苔は良いことだと取っている。しかし、アメリカの捉え方の場合、さびなどに似ていて、汚れているものだと思っている。

僕は、イギリスと日本の取り方に賛成し、苔は美しいものであり、アメリカの取り方であるサビのような汚いものだと思うのは間違っていると思う。なぜなら、苔は私たち人間より利口である。二酸化炭素を吸い、酸素をはいている。地球温暖化の対策として研究に使われている。苔が私たち動物のために一役買っているのに、きたないと思うアメリカの考え方は間違っていると思う。

電子版投稿者: グロスマンアカデミー

January 10th, 2017 at 9:44 pm (PDT)

【生徒作品】清水亮翔 12才

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【生徒作品】清水亮翔 12才
「日本人とアメリカインディアン」

1620年の11月に白人たちを乗せたメイフラワー号はアメリカインディアンズが住んでいたアメリカに来た。アメリカインディアンズは白人に洋服を提供して、どのようにして作物などを育てるかを教えてあげた。そのため、白人たちは厳しい寒い冬を乗り越えることができた。

しかし、1622年から1890年までインディアン戦争が起きた。白人が勝利し、インディアンズの領土などが取られた。その結果現在アメリカインディアンは、小さい場所に住まなければならないようになった。例えば、今年僕がGround Circleに行った時、Monument Valleyという場所があり、そこにはアメリカインディアンズの一部であるナバホ族が住んでいる。また、白人たちが来たので、今までなかった西洋の病気にかかってしまった。これにより、多くのインディアンズが死んでしまった。

アメリカインディアンズは白人たちにより住む場所が小さくなった。だから本当は、私たちはインディアンズに少し住む場所を提供しなければいけない。

だから、日本に連れていけば良いと思う。日本の人口が少なくなっていて、少子高齢化などの問題で日本が危ないことになってしまっている。しかし、アメリカインディアンズを受け入れることにより、その問題はなくなる。このためには、日本のことや日本語を教えなければいけない。

アメリカインディアンズにとって、日本語は英語より簡単である。英語の文章を書く時、最初に主語(S)で初め、動詞(V)をかく。最後に目的語(O)をかく。日本語の場合、最初に主語(S)で初め、その次に目的語(O)をかく。最後に、動詞(V)を書いて、文章になる。これはインディアンズと同じである。だから、日本語を覚えられるはずである。

しかもカリフォルニアの消滅したヤヒインディアンの最後の人の名前はIshiであった。イシという発音には母音が多い。また僕のお父さんが住んでいた千葉県の印西市では、「あなた」のことを「イシ」という。これだけではない。アメリカインディアンズは日本と深い関係がある。例えば、第二次世界大戦中アメリカインディアンズは日本人に似ていて、日本人とは戦いたくなかった。しかし、アメリカで生きていくため、アメリカ軍に協力しなければならなかった。

よって僕は、日本人とアメリカインディアンズは関係があり、インディアンズを日本に連れて来て、日本人として生きれば、日本の経済はよくなり、インディアンズも嬉しく暮らせると考える。

電子版投稿者: グロスマンアカデミー

December 18th, 2016 at 10:15 pm (PDT)

【生徒作品】清水亮翔 12才

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【生徒作品】清水亮翔 12才
「オートファジー的生き方をする社会とはどのような生き方の社会か」

2016年のノーベル生理学・医学賞は東京工業大学の大隅良典博士へ授与された。彼は、「オートファジー」を解明したことが評価された。オートファジーは、「自食作用(じしょくさよう)」とも呼び、ギリシャ語の「オート(自分)」と「ファジー(食べる)」を組み合わせたものである。オートファジーは普通の自食作用とは違って、不要なタンパク質などを細胞が分解して、再利用する。

人間の体を構成(こうせい)するタンパク質は食べ物の消化や呼吸、酸素の運搬(うんぱん)など様々な生命活動に関わる。タンパク質の素材であるアミノ酸は食べ物から取り込むだけでは足りない。不要になったタンパク質などをリサイクルすることで不足分を補う仕組みがオートファジーである。

そして、細胞のオートファシーシステムを我々の暮らし方に取り入れると、地球の環境問題はなくなるかもしれない。まずオートファジーシステムとは、いらないものが一切ない、つまり無駄がないシステムである。

オートファジーシステムから私たちの暮らしに取れ入れることができるもの、それは、無駄(むだ)を減すことである。細胞のオートファジーはいらなくなったタンパク質から再利用して、タンパク質を新しくする。私たちも細胞のように、何か再利用することができる。

例えば、いらなくなった缶をコップの代わりにし、すでに使ったジップロックなどを再利用することができる。しかも、コーヒーのカスも再利用できる。コーヒーを飲んでから、残ったコーヒーのカスを植物などにあげると肥料になり、植物が元気になる。

もう1つオートファジーから学べることは、リサイクル社会を作ることである。つまり、江戸時代のようにするということである。江戸時代は、100%リサイクル時代であり、1つも無駄はなかった。
よって僕は、細胞は私たちより早く、自分たちでリサイクル社会を作っていて、 オートファジーのシステムを使えば、環境問題はなくなると考える。

電子版投稿者: グロスマンアカデミー

November 13th, 2016 at 7:21 pm (PDT)

【生徒作品】清水亮翔 12才

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【生徒作品】清水亮翔 12才
「日本の女性の読解力も数的思考も世界一なのに・・・」

日本人女性は、すべての調査対象国の女性の中で、読解力と数的思考力の両方で最高点を得ている。世界トップレベルの能力を持った日本人女性だが、大学卒業者の就業率は先進国でも最低レベルにとどまっている。

このように日本人の女性は頭が良い。しかし、大学を卒業してから仕事につかず、せっかくの知識を何かにいかすことができない。それはなぜなのか。

まず1つ目の理由は、まだ日本には「男性より女性の能力が劣っている」という考えがまだ残っているからである。つまり、男尊女卑的(だんそんじょひてき)な文化がまだ日本に残っている。これをきっかけに、女性の中でも「自分は女だから男性ほどは仕事ができない」と思ってしまい、女性が仕事をするのが難しくなってしまう。

2つ目の理由は、「男性は会社へ行き働き、女性は家に残って子供の世話や家のことをやる」という文化がまだ残っているからである。そのため、女性がどんなに頭が良くて世の中の役にたつにもかかわらず、日本だと女性は家に残り、家のことをやり、仕事がしたくてもできない。

3つ目の理由は女性にある。日本人の女性は「私はこれができる」という強い意志をあまり持っていない。日本人の女性は、「私にはできません」という遠慮する考え方を持っている。そして、いくつかの研究結果から、女子生徒の方が男子生徒より自信を持てないと答えた結果が出ている。しかも、PISA(Program for International Student Assessment)の調査によると、すでに小学1年生から女の子が自信を持てないという研究結果が出ている。

日本人女性は、すべての調査対象国の女性の中で読解力と数的思考力の両方で最高点を得ているのに、その知識を使って世の中で生かすことができてない。今からこれを直さないと、少子高齢化などの問題でもうすぐ日本の経済は落ちてしまうと考える。

電子版投稿者: グロスマンアカデミー

November 13th, 2016 at 7:20 pm (PDT)

【生徒作品】清水亮翔 12歳

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【生徒作品】清水亮翔 12歳

「おかげさまの哲学を持つ中心の考え方」

ビートルズは1960年から1970年まで活動したイギリスのロックバンドである。ジョン・レノンはこのメンバーの1人で、奥さんはオノ・ヨーコであった。しかし、ジョン・レノンは1980年にニューヨークのマンションで射殺された。

彼は、日本の神道に強い関心を示していた。彼はアイルランドで生まれた。アイルランドの約75%がキリスト教徒であるが、ジョンは多くのアイルランド人とは違ってキリスト教は好きではなかった。それはなぜなのか。

キリスト教、ユダヤ教やイスラム教などは一神教である。一神教とは、ただ一つの神を信じていることである。キリスト教徒の場合、キリストを信じている。ユダヤ教徒の場合、ヤハウェを信じている。そしてイスラム教徒は、ムハンマドを信じている。

このように、キリスト教、ユダヤ教やイスラム教は一神教である。しかし仏教と神道は違う。神道は八百万の神である。そしてジョン・レノンはキリスト教を信じるのではなく、八百万の神を信じていた。八百万の神とは、どこにでも神がいることである。例えば、海、山、石やトイレにでもいる。

ジョンは八百万の神のほか、1つの日本の言葉が好きであった。それは、「おかげさま」である。なぜこれが好きなのかは、以下のように説明している。「おかげさまは、宇宙が誕生して以来の森羅万象に対する感謝の気持ちを表す語感を含んでいる」と言った。ジョンは詩人だったから、森羅万象に対する感覚が優れていた。

そしておかげさまの哲学を持つ考え方はどのようなものなのか。おかげさまはみんなのことである。今私たちはここにいるのは、何回も奇跡が起きたからである。小さなミスが起きてしまうと、私たちはここにいなかったかもしれない。だから日本人は「いただきます」を食べる前に言う。

「いただきます」は、作ってくれた人だけではなく、食べ物を運んでくれた人、育ててくれた人や販売している人いろいろな人に感謝を込めていう。だから、もしその中で1人でもいなかったとすると、私たちは健康に生きていなかったのかもしれない。

このようにおかげさまは、みんなのことを言っている。だから、もしおかげさまの気持ちが皆にあれば、今起きている中国が南シナ海に人工島を作っている問題などはなくなるはずである。おかげさまは自己中心ではない。

よってぼくは、ジョン・レノンはおかげさまの言葉が好きで、おかげさまの考えを持つ人は自己中心ではないと考える。

電子版投稿者: グロスマンアカデミー

October 17th, 2016 at 6:39 pm (PDT)

【生徒作品】清水亮翔 11歳

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【生徒作品】清水亮翔 11歳

「日本人の虫好きは日本の文化をどう作り上げているか」

日本人は虫が好きである。夏になると、日本の小学生たちはカブトムシやクワガタムシを捕まえるため、森に捕りにいく。他には、虫博士もいる。虫博士というのは、虫にすごく詳しく虫に関わる質問をすれば答えてくれる。大人の虫好きである。

しかし、欧米人は虫が好きではない。なぜなら、虫は死と腐敗のシンボルだからである。たとえば、人が死ぬと虫やハエが集まってくる。そのため、欧米人は虫が嫌いである。このような人たちは自然がわからないのである。ただ死んだ人のところに虫が近づくだけで、虫を死と腐敗のシンボルだと思ってしまう。しかし、虫は食物連鎖の一部で、生態系の大事な役目を果たしているのだ。ほかの生物と同等である。

日本人の虫好きは日本の文化をどう作り上げているのか。まず日本には家紋という文化がある。これは昔からあり、江戸幕府の家紋もある。広辞苑によると、家紋は家々によって一定した紋所で、つまり、家紋は日本において家を識別するための紋章である。

家紋はいろいろな形がある。月の形、三角の形、四角の形、生き物の形などがあるが、その多くは植物からきている。そのため、もし日本人が虫好きではなかったならば、このような家紋は存在しなかっただろう。

2つ目は俳句である。松尾芭蕉の俳句には多くの虫が出てくる。例えば、カエルやキリギリス。カエルの場合、「古池や かわず飛び込む 水の音」である。コオロギの場合、「無残やな かぶとの下の キリギリス」である。

このように俳句には虫がたくさん入っている。もし日本人が虫を好きではなければ、日本の文化の一部である俳句にも虫がうたわれ、日本人の自然観は虫を抜かしては成立しないのだ。

日本人の虫好きは、文化に影響するだけではない。バイオミミクリーにも影響したのかもしれない。バイオミミクリーは、虫の特徴をまねして、新しい技術を生み出すものである。このように、虫が好きであることはもっと虫のことを知ることができ、日本人はバイオミミクリーがもっとできるようになる。

よって僕は、欧米人は虫を死と腐敗のシンボルとしてしているが、日本人の虫好きは日本の文化を素晴らしくしたと考える。

電子版投稿者: グロスマンアカデミー

October 9th, 2016 at 1:37 pm (PDT)