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Archive for the ‘清水 亮翔’ Category

【生徒作品】清水亮翔 12歳

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【生徒作品】清水亮翔 12歳
「玉ねぎガスと土星のガス」

玉ねぎのガスは
人々を泣かせる
催涙ガスを出す
皮を取っても催涙ガスは
出ない
でも切ったり
潰すと
細胞が開き
催涙ガスが出る
有機物のガスである

土星もガスを出している
カッシーニーは
土星がガスを出していると
見つけた
そのガスとは
炭化水素である
しかしこれは
玉ねぎのガスのように
有機ガスではない

玉ねぎだけではない
牛のゲップも
有機ガスである
牛のゲップには
メタンが含まれている
これは地球温暖化を
進めると言われている

地球には
有機ガスがある
しかし土星にはない

電子版投稿者: グロスマンアカデミー

September 23rd, 2017 at 10:06 pm (PDT)

【生徒作品】清水亮翔 12歳

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【生徒作品】清水亮翔 12歳
「毛虫に共食いをさせる植物と木星で350年荒れ狂う嵐」

毛虫は
成長するために
葉っぱを食べる
しかし葉っぱの立場から
言うと
毛虫などの虫に
食べられたくない
逃げたくても
動いたり
隠れることはできない
だから葉っぱは考えた
自分たちは動くことが
できないかもしれないが
毛虫たちに
共食いさせることができたら
自分らは
食べられないですむ

NASAの宇宙船は
木星の上を
飛んでいる
その時
少なくとも
350年間
荒れ狂う
嵐がある
と見つけた

この荒れ狂う嵐
もしかしたら
毛虫に
共食いさせる
葉っぱのように
木星は
何か入れたくないのかもしれない
葉っぱは毛虫を
共食いさせる
木星は
嵐の木星がきにいっているのだ
宇宙の法則さと

電子版投稿者: グロスマンアカデミー

August 21st, 2017 at 10:20 pm (PDT)

【生徒作品】清水亮翔 12歳

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【生徒作品】清水亮翔 12歳
「アシモフの話す石を読んで」

The Talking Stoneはこのような話である。
 Larry VernadskyがこのSFの主人公である。彼は、シリコニーという生物に興味を持っていてシリコニーについて何冊も本を読んだことがある。そしてある日、彼はロバートQというスペースシップを直さなければいけなかったが、シリコニーを見つけてしまった。

このシリコニーは普通のシリコニーとは違い、2インチの大きさをしていて、他のシリコニーよりは大きく、しゃべることができ、心を読むこともできる。なぜスペースシップのキャプテンがシリコニーを持っているがというと、このキャプテンはシリコニーが食べ物として食べるウランを大量に売る計画をしていた。

それを知ったLarryは、パトロール警察官のMilt Hawkinsに電話をし、これを知らせた。そしてロバートQを壊そうとした。しかし、その瞬間隕石がロバートQに突撃し、キャプテンを含む2人が亡くなった。

その後、LarryとHawkinsはシリコニーにどこにウランがあるのかと聞いた。するとシリコニーは、小惑星にあるといい、死んでしまう。これを聞いた、LarryとHawkinsは探し続けて、見つけた。それはロバートQの座標に書いてあった。その後、Wendell Urthを訪ねこの座標を調べることにし、大量のウランが見つかった。

 このSFの中には、シリコニーと言うシリコンの石が話すというテーマである。よくSFには、ケイ素で作られている人間を紹介するが、このThe Talking Stoneを書いたIssac Ashimovは、石を話すテーマにした。
 
 私たち人間は、炭素、酸素、水素、窒素、硫黄やリンからできている。しかし岩石は鉱物(こうぶつ)であり、ミネラルである。つまり有機物だけにしかない炭素は石などに含まれていない。だから石は燃えない。石を作っている鉱物の元素は、酸素、ナトリウム、マグネシウム、アルミニウム、ケイ素、カリウム、カルシウム、マンガン、鉄やニッケルである。

だからケイ素で私たち人間を作ることができない。前述(ぜんじゅつ)した通り私たちは、炭素、酸素、水素、窒素、硫黄やリンからできている。そしてその中にシリコンは入っていない。
よって僕は、アシモフの話す石を読んでわかったことは、ケイ素は人間を作ることができないことである。

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August 19th, 2017 at 9:32 pm (PDT)

【生徒作品】清水亮翔 12歳

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【生徒作品】清水亮翔 12歳

「アインシュタインはなぜエンジニアにならなかった」

アルバート・アインシュタインは1879年にドイツのウルムという小さな町でユダヤ人の家に生まれた。お父さんはヘルマンという温和な実業家で、お母さんのバウリーネは、物静かで、ピアノに興味があった。お父さんには、ヤコブという電気技術の弟がいて、数学に関心を持ち、若いアルバートについ良い影響を与えた。

天才的な人は、幼い時から優れた才能で大人を驚かし、そのため神童などと言われる人もいる。しかし幼い頃のアインシュタインは、喋り始めるのが比較的遅かったので、周りの人が心配していたという話がある。しかも自分が話したことをもう一度繰り返していう癖があり、いうことがたどたどしく、そのためか、かんしゃくの発作を爆発させることもあったそうである。

そして彼は考えるのに時間がかかったが、物事を突き詰める性格に育っていった。例えば、彼が4歳か5歳の時、お父さんから方位磁石を見せてもらった。磁石で遊ぶ子供は世の中にたくさんいるが、それがアインシュタインに与えた驚きは衝撃的だった。磁石を移動させて回転させてみたりした時、その針は常に一定の向き(北)を刺そうとする。

普通の人だとなぜ北に向くのかと思わない。気づいた人がいたかもしれないが、その不思議さについて考えぬくことができなかった。しかしアインシュタインは違う。彼はなぜ磁石が北に刺すのかと疑問に思った。そしてここで終わるのではなく、その疑問をアインシュタインは追求した。

アインシュタインが疑問に思ったのは、磁石だけではない。また、光についても、重力についても、普通の人が気づかないでいたことに気づいた。

アインシュタインは、「人は幼い時から見慣れているものをみても驚きませんが、見慣れているものが全く矛盾する動きをしたりすると、大きな驚きを受けます。このような驚きによって考え方が開けるのだ」といった。

アインシュタインがエンジニアになぜならなかったというと追求したいからである。エンジニアは、何かものを作る。しかしアインシュタインはその反対であり、すでにあるものを掘り出し、追求したかったからであると考える。

電子版投稿者: グロスマンアカデミー

July 16th, 2017 at 12:52 pm (PDT)

【生徒作品】清水亮翔 12歳

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【生徒作品】清水亮翔 12歳

「日本の昔話の『うばすて山』には何が書いてあるの?」

昔60歳を超えたら山に捨てるという国があった。どんな親孝行でもこれを守らなければいけない。そして、ある村に、とても親孝行の息子がいた。その母親にもその時がやって来た。
その晩息子は母親に、母親の好きなものをたくさん食べさせた。食べ終わった後、息子は母親を背負い、山へと向かった。山が深くなると、パチパチという音が背中のところから聞こえて来た。何をしているのかと聞きたかったが、母親を背負って、転ばないように気を配るだけで、精一杯だった。

とうとう、母親を置いていく場所に着いた。すると母親は、「私のことは暗示なくても良い。何より、お前の身が、一番じゃ。帰りに迷わぬように、枝を折って、印をつけて置いたからな。早く帰らねば、日がくれてしまう。早くいけ。早くいけ」と言った。それを聞いた息子は、どうしても母親を置いて帰ることはできなかったので、母親と家に帰った。誰にも見られないように、夜になるのを待って家に帰り、母親を床下に隠した。

それからしばらくしたある日である。息子の住んでいる国様が、隣の国から、三つの難題を突きつけられ、答えられなければ、隣の国が攻めてくる。その三つの難題とは、七つの曲がりが歩きの筒に糸を通せ、1人でなる太鼓を作れと灰で縄を萎えである。息子がいる村でも大騒ぎになった。そのため、息子は夜になると、母親にこのことを話した。するとお母さんは笑って、すべての難題の答えを言ってしまった。息子は母親に教えられたようにやってみると、きちんとできた。

早速息子は、村の長にそれを見せた。そして村の長は、すぐさま、殿様のところに持っていた。すると王様は驚き、こんな難題を解けるものなど、自分の国にはいないと、諦めかけていたからである。これでもう隣の国から攻めてこられないようになった。

殿様はこの難題をといた人に会いたいと言った。そして息子は、との様の前に連れて行かれた。すると息子は、これは自分の知恵ではないと言い、自分の母親のことを話した。
すると殿様は、初めて自分の過ちに気づいて、年寄りを山に捨てる決まりを、辞めることにした。それからは、どの国よりも年寄りを大切にする国になった。

この話には日本の昔話にしかない。年寄りを大事にするのは、日本である。もし年寄りの人が重たい荷物を抱えていたら、それを自分は助けないといけない。このような年寄りを大事にするということは、日本の昔話から伝わっていることがわかる。
しかもこの話には、自分より他人のことを考えるということが書いてある。母親はピンチの時でも、息子のことを考えた。自分が山に捨てられるというのに、枝を折って息子が迷わないようにその折った枝を地面に落とした。

もう1つこの話の中に、私たち日本人に伝えたいことがある。それは少子高齢化のことである。現在日本は少子高齢化という問題を抱えていて、子供が頑張っていて、お年寄りの方が多くなっている。この問題を日本人は悪い面で扱っている。しかしお年寄りの知識や経験を生かして、日本の経済をあげ、中国を抜かすかもしれないと考える。

電子版投稿者: グロスマンアカデミー

July 16th, 2017 at 12:38 pm (PDT)

【生徒作品】清水亮翔 12歳

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【生徒作品】清水亮翔 12歳

「川久保玲の服はなぜ着る人を自由にするのか」

日本経済新聞の6月11日の記事に、川久保玲さんのことが書いてある記事がある。そこには、なぜコム・デ・ギャルソンの服を着る人は自由になるかが書いてある。それはなぜなのか。

川久保玲さんは、日本のファッションデザーナーで、コム・デ・ギャルソン創始者である。キャロライン・ケネディ前日米大使も川久保さんのファンであった。ケネディ前日本大使は、「子供達は日本に来るたびに、コム・デ・ギャルソンの店に行きたかった。あそこに行けば今何が起こっているかわかるからって」と振り返る。

ケネディさんの子供達まで、コム・デ・ギャルソンは特別だと思っている。なぜ特別なのか。それはコム・デ・ギャルソンの服を着ると自由になるからである。川久保さんによると、「『コム』を着る理由?普段は保守的な自分が解放されるから。強い気持ちになって自由を感じる」と言っている。

コム・デ・ギャルソンを着る人は「自由になれる」という。例えば、年齢や性別からの自由。全身黒のコムを着て展覧会場を訪れているオーストラリア人のナターシャ・チュウさんは、「女性であることを意識しなくていい服」という。

自由とは、人と違っていられることである。それには強さが必要である。強い自分になれる服を作り続けているのがコム・デ・ギャルソンである。ジャケットをはおり、ニットに袖を通すだけで着る人は感じる。周りにはわからなくても、自分はわかる。

なぜコム・デ・ギャルソンを着ている人を自由にできるかは、「新しさ」の追求をやめないからである。ほとんどのデザイナーはそのモチベーションを持ち続けられない。

洋服には自分だけのアイデンティティ、社会が押しつけるアイデンティティではないものが出てくる。自分の服に文字がたくさん書いてあったり、あまりよくないことが書いてあったりすると、自分のアイデンティティはまちがえられる方にいってしまう。しかし何も書いてなく、はじめて見るデザインで自分を表す服を着ると、自分の新しいアイデンティティが出てくる。

よって僕は、洋服というものはアイデンティティであり、なぜコム・デ・ギャルソンの服を着る人を自由にするかというと、「新しさ」の追求をしているからだと考える。

電子版投稿者: グロスマンアカデミー

July 1st, 2017 at 9:51 pm (PDT)

【生徒作品】清水亮翔 12歳

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【生徒作品】清水亮翔 12歳
「人種差別は自然の多様性の秩序(ちつじょ)とあいいれないと私は考える」

トランプ大統領を支持している人たちは、人種差別者たちである。ジャレッド・デイラー氏はトランプ大統領を支持している人種差別者である。なぜ彼は人種差別者なのか。記者が彼に「なぜトランプ大統領を支持しているのか」と聞くと、彼はこう言った。「白人の知能指数を百としましょう。黒人は85で、ヒスパニックはその中間にいます。黒人はアメリカで最も知能指数が低いグループにいるのです。これは差別でありません。遺伝子的な現実なのです」とテイラー氏は言った。

国家政策研究所の所長に若くして就任したリチャード・スペンサー氏も人種差別者である。彼は、「オルタナティブ・ライト」というウェブサイトを立ち上げた。しかし彼の名が広く知られるようになったのは、トランプ氏が大統領で勝利した後の振る舞いである。ナチスドイツでは、「ハイル(万歳)ヒトラー」と呼んで右手を上にあげ敬礼をした。スペンサー氏が「ハイル」の英語に当たる「ヘイル」を使って「ヘイル(万歳)トランプ」と呼ぶと、その集会に参加していた人々が一斉にナチス式の敬礼を行なった。

フランスでは大統領選挙が行われた。ルペン氏は「女のトランプ」と言われている。彼女はフランス大統領候補者の一人であり、トランプのように自分の国だけが良ければという考え方を持っている。そのためもし自分が大統領になったらEUから離脱すると言った。しかし国民選挙の後マクロン氏が選挙で勝った。

私たちは、ホモ・サピエンスである。ホモ・サピエンスは、同じヒトという動物の他の種類を皆滅ぼしてきた。 ネアンデルタール人やホモ・サピエンスがいた時は、生きるか死ぬかの世の中であった。生きるためには、他のヒトという動物を皆滅ぼさないといけなかった。

人種差別者、ルペン氏はホモ・サピエスは自分たちだけで成り立つと思っている。しかしそれは間違っていて、自然の多様性の秩序とあい入れない。自然の多様性とは、全部が集まって自然が成り立っているということである。自然の中では食べるものと食べられるものがいる。そのどちらがいなくなると、生態系が成り立たなくなってしまう。

よって僕は、人種差別は自然の多様性の秩序とあい入れないと考えるのだ。トランプ政権は自然から学ばないといけない。そして日本の文化で生物の多様性を生き方の基本にするものは、お互い様だと思う。自然の多様性とは、全部が集まって自然が成り立っているということであるだけではない。他には共生と寄生(きせい)がある。共生はお互いにwin-winの関係である。寄生は、片方が利益をもらえ、もう片方は損をする。お互い様とは、共生と似ている。お互い様は日本の常識であり、お互い様とはたった一人が得や損をするのではなく、皆助けたり助けられたりして皆で協力して生きていくことである。

電子版投稿者: グロスマンアカデミー

May 14th, 2017 at 9:30 pm (PDT)

【生徒作品】清水 亮翔 12歳

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【生徒作品】清水亮翔 12歳
「『もし』と言う条件的思考」

「もし」と言うものは、条件的思考である。そして「もし」と思うことは本当に大切である。もしと考えると、1つのことを考えるだけではなく、他のことにも集中できる。

例えば、日露戦争の前夜、当時の日本のリーダーであった、総理大臣桂太郎、伊藤博文や外務大臣小村寿太郎が京都に集まり、日露戦争のことを話した。今まで日本は戦争で負けるという考え方はなかった。なぜなら、日本の教育の一部で、天皇をいただく日本が戦争で負けるなどということは考えてはいけなかったからである。

しかし、当時の日本のリーダーたちは、この型にはまっていなかった。ロシアに対して戦端を開き、負けることになったらどれほどの不運を国民に負わせるかを考えた。冷静に、「もし自分の国が負けたら」と考えていた。

その当時、「もし自分の国が負けたら」ということは考えられないことであった。しかしその時のリーダーであった総理大臣桂太郎、伊藤博文や外務大臣小村寿太郎はcritical thinkingができた。彼らがこのようなcritical thinkingができたので、ロシアと戦争を始めたけれど最後まで戦わず、講和条約を結んだ。

総理大臣桂太郎、伊藤博文や外務大臣小村寿太郎のリーダーが冷静に、「もし自分の国が負けたら」と考えた結果、日本はあまり被害が起こらなかった。もし日本がロシアと戦争を続けていれば、日本は負けていて、たくさんのものを失っただろう。

「もし」という条件的思考は大事なものであり、総理大臣桂太郎、伊藤博文や外務大臣小村寿太郎のリーダーが冷静にcritical thinkingができたから、現在の日本がある。そして「もし」というのは、条件的思考だけではない。想像力、冷静な思考判断やポピュリズムに流されない思考でもあると考える。

電子版投稿者: グロスマンアカデミー

April 15th, 2017 at 9:53 pm (PDT)

【生徒作品】清水 亮翔 12歳

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【生徒作品】清水亮翔 12歳
「はじめに言葉があった」

はじめに言葉があった
言葉は神と共にあった
神が光あれ
と言ったときから
言葉がある
そして神が光を
作る前から闇はあった
聖書にはこう書いてある
言葉の内に命があった
命は人間を照らす光であった
光は暗闇の中で
輝いている
暗闇は光を理解しなかった
と書いてある

光とは何か
聖書には
光は暗闇の中で照らしているものと
書いてある
闇とは光の反対であり
暗い状態である
なぜ神は最初に
光を作ったのか
光がないと何もできないからである
そして闇を追い出すためである

電子版投稿者: グロスマンアカデミー

April 15th, 2017 at 9:51 pm (PDT)

【生徒作品】清水亮翔 12才

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【生徒作品】清水亮翔 12才
「 アーネスト・ヘミングウェイとグロスマン先生」

FloridaのKey Westに
アーネスト・ヘミングウェイの
家がある
そこを訪れて感じたことがある
グロスマン先生とヘミングウェイは
似ているところがある

まず二人とも
たくさんの文章を
書くことである
ヘミングウェイは
小説などを書き
それを売った

グロスマンの先生の場合
勉強を好んでいて
たくさんの文章を書く

もう1つの共通点は
2人ともたくさんの猫を飼っている
猫は犬と違い
大人しく
頭が良い顔をしていて
何かを考えているようである

唯一違うところは
グロスマン先生の猫は
普通の猫と同じ
5本指である
しかしヘミングウェイが
かっていた猫は
6本指である
今でもヘミングウェイの家には
6本指の猫の子孫が残っている
ぼくもその6本指の猫を実際に見た

これでわかったことは
文章をたくさん書く人は
猫を飼っている
何か猫から
アイディアをもらっているのかも
しれない

猫はじーっとしていて
犬と違い
嬉しい時も
悲しい時も
大人しく
頭の中で
何かを考えている

ヘミングウェイの猫は
ヘミングウェイが
文章をたくさん書いているところを
たくさん見ていた
猫もヘミングウェイのように
文章を書きたくなって
ペンをもちたくなった
だから6本指に
なったのかもしれない

グロスマン先生の猫も
文章を書きたくなり
6本指になるのかもしれない

電子版投稿者: グロスマンアカデミー

January 10th, 2017 at 10:04 pm (PDT)