【生徒作品】 中山 慧大 7歳

【生徒作品】 中山 慧大 7歳 「ぼくの真実は、このうちゅうにたった一つしかない物語であることである。」  ぼくには、ぼくだけが分かっていることがある。これはグロスマン先生も分からない。お父さんもお母さんも、Mrs. Barnea も知らない。ガリレオも、ファインマンも、これは知らない。  けんを持ってるおばさん。ぐるぐる回りながらおどってる。くだものをぬすみながらおどる。これ、ぼくが今考えているストーリー。  ぼく、お月見に作るだんごが好き。好きすぎて、お月見以外にも何度も何度も作ったから、どうやって作るか知ってる。5センチくらい大きいだんごを作るのは、ぼくだけ。1こ食べたら、5こくらい食べた気分になる。おなかいっぱいになる。  ベーコンレタスいためスペシャルは、ぼくとお兄ちゃんの得意メニュー。お父さんとお兄ちゃんはしおたくさん入れるけど、お母さんとぼくはしおいっぱい入れるのすきじゃないから、ぼくが作るしおがうすいのは、お母さんのお気に入り。なんでスペシャルかというと、たまごをとく時に、牛乳をたくさん入れるからです。そうするとたまごをフワフワにいためる事が出来る。  2階のまどのヒヤシンスは、ぼくが毎朝新しい花がさいたかどうかチェックする。ピンクの小さい花は6まいあって、その花が今さいて、いっぱいくっついてて、前を通るだけですっごくいいにおいがする。水さいばいだから、お水がなくならないように、見てあげないといけない。  ぼくには、あるブッシュの下にきちがある。でも場所は言えない。それはひみつだから。下は土と草になってて、ねっころがると、だれにも見えない。かたのところに土がついちゃって、お母さんに、これどうしたの?って聞かれたけど、知らないって言った。  ぼくは走るのが早い。お兄ちゃんのお友達の5年生にだって勝つ。ぼくは「なんでもモーター」ってよんでる。自分がロケットになってるってそうぞうして、ういーん!!!!って走る。走るのすきで、昼休み中校庭を走ってたこともある。10周くらいでおなかがいたくなってきた。ローラとアビーが、さいしょそんなにできるかなって感じでぼくのこと見てたんだけど、本当に10周走ったとき、うわすごって言った。おなかがいたくなってゆっくり走ってたら、アビーが来てくれて、さらにもう2周いっしょに走った。だいじょうぶ?ってアビーが言って、走った。アビーはなかよしだったけど、2年生になったらちがうクラスになった。このごろは、男の子とばっかり遊んで、女の子と遊ぶことがあんまりなくなったけど、アビーとは、まだ今でも話す。  今まで1かいだけホットランチ食べたことある。みんな食べてるからいいなって思って、お母さんにおねがいしてお金入れてもらったけど、待たなくちゃいけないし、ならばなくちゃいけないし、昼休み遊ぶ時間が少なくなるし、もうだめだって思った。取り方が分かんなくて、おなかがすいて、ないちゃった時、アッシャーが、連れて行ってくれて、ここで取るんだよって教えてくれたから、アッシャーとその時からなかよくなれたのは、すごくよかった。  きのうブックセールで買った A Treasury of Curious George みたいに、ここに書いたのは、A Treasury of Keita Nakayama みたいな感じ。ぼくのお話のコレクション。このお話は、ぼくにしか書けない、ぼくだけが知ってる、ぼくだけの物語で、たった一つしかない。うちゅうにたった一つだけ。これがぼくの真実で、ここにいる理由。Facebook

【生徒作品】 中山 慧大 7歳

【生徒作品】 中山 慧大 7歳 「無明とは何か」  ぼくはこの漢字二つとも知ってます。でも聞いたことない。漢字を見ると、明かりがないっていう意味だと思う。むみょうと読みます。  ひひょうの天才こばやしひでおと、数学の天才おかきよしという人が無明について話してる本を少し読んだ。このおかきよしという人は、ぼくの東京のおじいちゃんみたいに見えるから、面白そうと思ったら面白かった。  無明というのは、ピカソみたいな人のことです。ピカソは、スペインで生まれた画家です。変で、ひんまがってて、どの顔も笑ってない人をかきます。顔の半分はほか向いてるのとか、牛の首をちょんぎってスタンドみたいなところに置いたりする。ぼくこの人の絵を見ると戦争みたいって思う。見たそのままをかいてなくて、自分自分ばっかり。自然をわざと変にする。かみのけも目も、色も形も苦しい感じがする。顔はにこってしてないし、泣いてるか、いたそうか、かなしそうか、こまってるか。ぜんぜんわらってない。  そこにあるものを、見たままに書かないで、自分の気持ちを入れてる。女の人の顔は、右からと前からと、両方いっぺんに見られないのに、無理にねじまげてるから、見る人も変になる。ねじまがる。  自然のものをねじ曲げる人は、ぼくのまわりにもいっぱいいる。つめを赤くする女の子とか、野菜ぜんぜん食べないけどビタミンのんでるからだいじょうぶって言ってる子とか、虫がきらいで、どくあるかもしれないとかギャーギャー言ってふみつぶす子とか、みんな無明だ。明かりがない。ぼやーっとしてる。  ピカソは、無明が美しいと思ったかもしれないけど、それはちがうと思う。自然はそのまんまかけばいいのに、へんてこな人間の目で、ゆがめちゃだめ。Facebook

【生徒作品】 中山 慧大 7歳

【生徒作品】 中山 慧大 7歳 「太古の女性のわんりょく」  ドイツなどヨーロッパで、土から出てきた7000年から3000年前の80人の女の人のうでの骨を調べたら、今の女の運動選手よりずっと太くて、強いと分かった。  ぼくは、この間、努力の「努」という漢字をおぼえた。女の人が力を入れてがんばっているってイメージした。昔から、やっぱり努力してがんばっているのは、いつも女の人だって思った。  昔の女の人は、きかいも道具も使わない。畑とか田んぼに種を植えるとき、土をやわらかくほぐす時、すきとかくわとかないから、手をたくさん使った。こむぎをすりつぶして粉にする時だって石でがりがりすりつぶすのも手でやった。大変だった。  たとえば、お皿を洗うのでも、ぼくたちは、ディッシュウォッシャーに入れるだけだから、かんたんだけど、昔は、女の人が、つめたいお水であらわなくちゃいけなかった。火だって、今は、しゅっ!すぽ!ってすぐにつくけど、昔は、火を作るのも大変だった。じょうもん時代には、ねんどでぐるぐる丸く形を使って、コップとかお皿とか作ったけど、ぼくたちは石油を使って作ったプラスティックの物をお店で買ってくるだけ。あと、人がやらない仕事は、AIだってやってくれる。  でも、女の人は、おてつだいはきかいや道具にやってもらえるから、楽になったかというと、そうじゃないとぼくは思う。女の人や子どもはトランプみたいな男にばかにされて、服ぬがされたりらんぼうされたりして、今ばれて大問題になってるってニュースを知ってる。クリントンははじめての女の大とうりょうになれなかった。サウジアラビアの女の人は、今まで運転もしちゃいけなかったし、目以外の体はかくさなくちゃいけない。ずっと家にいなくちゃいけない。  今、れきしに出てくるのは、リンカーンとかおだのぶながとか、男の人が多いけど、本当は、女の人がいつだってすっごくがんばってるってことが、このほねを見るとよーく分かる。Facebook

【生徒作品】 中山 慧大 7歳

【生徒作品】 中山 慧大 7歳 「もらうより、あげたい」 キリストが言いました 「受けるよりは、あたえる方がさいわいである」 さいわいっていうのは、しあわせってこと もらうより、あげる方がしあわせです。 レッドウッドにあげたいと思った 森をまた元気にしてトレイルを作ってほしい ソマリアの子供たちにあげた またもう一回あげたいと思う なにも食べ物がないなんて それはかわいそうだよ シリアの人にもあげたい シリアの人はみんなこまってる ISISはついにいなくなってきたのに 町はほろんじゃったみたいにぼこぼこ穴だらけ ロシアがアサドにぶきとかあげておうえんしたら アサド急に強くなっちゃって ISISをおっぱらった でも、でも、アサドにはあげたくないよ 毒ガスとかまた作るかもしれない ぼく、もらうのも好きだけど、あげるのも好き もらってうれしいのはぼく1人だけど あげたらみんなが喜ぶから好き 何持ってたとか、何もらったとかは その時うれしくても うれしいのはその時のぼくだけ だけどあげるのはちがうよ その人とか木とか みんなが ぼくのこと、きっとずっとおぼえててくれる にのみや金次郎の松もそう だからぼくは もらうより、あげたい あげる方がしあわせ。Facebook

【生徒作品】 中山 慧大 7歳

【生徒作品】 中山 慧大 7歳 「ぼくが大じけんだと思う今年のプレゼン」  だれかがごみをすてて、それが海にたまって、プラスティックでいっぱいになっている。2010年には、800万トンのごみが海にすてられた。1分にゴミトラックまんたん1ぱいをすててる計算になる。2050年には、海の中にあるごみの量が魚の量をこえちゃう。人間も、その魚を食べるから、これからどんな病気になるか分からない。  スタンフォードを作った人が昔、いっぱいのネイティブ・アメリカンを殺していいってみとめてたなんて、知らなかった。同じ人間なのに動物みたいに殺して、それをスポーツと考えて面白がっていたなんて、だめ。かなしすぎる。  すごくかなしいニュースはまだあった。わには、きょうりゅうがいたころからいるのに、そこに人間が入ってきて、わにがじゃまだと言って殺してぜつめつさせそうになった。次にそのわにの皮でバッグを作ったらお金がもうかるって事に気づいて、今度はふやして、ワニのためにもいいって言う。人間はひどくてはきそうって思った。わにの死体のかばんを持ってる人はきれいじゃない。  2月に、ソマリアの子供とか、死んだヤギの写真を見た時は、なきたくなった。ぼくにも何かできるの?と思って調べて、おこづかいから10ドル出して送った。家族もみんなお金を出した。ソマリアのかんばつは本当のことで、つらくて、苦しい。昔話じゃなくて今起こってる事。  トドがサンフランシスコのピアに来てから27年のおいわいを、みんながしている記事も、よくおぼえてる。トドと人間がなかよくサンフランシスコでくらしているところが好きだった。  泳ぎのとくいなカナダのニューファンドランド犬が、water-search and rescue dog として今でもだいかつやくしてるニュースも好き。  そして、レッドウッドの森が元気がないニュースでは、ぼく、色々考えた。はやく12月の終わりの日が来ればいいのに!その時、グロスマンのみんながきふしてくれる。そしたら、お金をレッドウッド公園に送る。ぼくは、はやくトレイルができたらいいなって思う。その時、グロスマンのみんなはもうもしかしたら大人になってるかもしれないけど、みんなでその森に行ってレッドウッドをいっしょに見たい。ぼくのゆめ。Facebook

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【生徒作品】 中山 慧大 7歳 「小さい事でも、それが積み重なれば、大きな実りになるんだ」  二宮金次郎は、えらかった。12才の時、お父さんが病気になって、はたらけなくなったから、代わりに、村の人たちにわらじを作ったやくに立ったし、13才の時は、自分が子もりをしてもらったおこづかいを出して、こうずいにならないように、さかわ川のそばに松のなえを植えて、大人たちは、何してんの?みたいな感じだったけど、そのあと、大きくなった松は、大雨で川の水がふえた時、村や田んぼを何回も守った。その時金次郎が出したお金は200両で、今のお金で言うと、30ドルくらいです。  ぼくは、このあいだ、レッドウッドのニュースを読んだ。ジェデダイア・スミス・レッドウッド州立公園に、Grove of Titans という8本のレッドウッドがあって、すごく昔からあって大きい。そのうちの2本は世界で4番目と5番目に大きい。そこに行くまでのトレイルもないし、どこにあるのかは、長い間なぞだった。だけど、2011年、だれかが、本に書いてあるヒントをといて、その場所をみつけて、それをインターネットで言っちゃった。そのあと、1日に50人も来るようになった。1年に20万人もその公園に来るようになった。その人たちは、ごみをすてたり、草をふんだり、インターネットにのせるための写真をとるために木をハグして、その時皮がはがれてしまったり、根っこを、ふんで、ふんで、ふんで、くさっちゃったり、森の中に、外からのたねとか、かふんとかを持ってきて、前とちがう植物とか生えたりした。それで、森が元気なくなってしまった。これがぼくの読んだニュースの内容。   で、ぼくは、森に元気になってもらいたくて、きふしようと思った。色々考えて31ドルにした。そのあと、前読んだにのみや金次郎の本をもう一回読んで、びっくりした! 1ドル多いけど、昔の13才のにのみや金次郎と同じ30ドルくらいを、自分じゃなくてほかの人のために使いたいって気持ちが同じだった! ぼくは、自分のお金を自分のために使わないで、ほかの人とかみんなのために使いたい。  にのみや金次郎の小さい松のなえは、大きくなって、今でもさかわ川の横に残っている。時間をかけて大きくなって、何度もこうずいから村を助けた。ぼくも、そうなりたい。ぼくのお金を、病気をなおしたり、おなかすいてたり、こまっている人にあげたりするのに使いたい。みーんなのために使いたい。ぼく、自分だけがいえーいって思うのはやだから。みんなでいえーいって思いたいから。みんなといっしょになかよく、いっしょにいたい。とくべつでスペシャルなことにお金を使いたい。チャンスは自分だけじゃないぞって思う。全部のことは、自分だけじゃないってこと。自分の事ばかり考えないで、自分のまわりをよーく見ないとだめなの。ないてる人がいたらティッシュを出すみたいに。ぼくがきょねん自分の小説を売ってもらった42ドルは、まだ1セントも使ってないから、それとかも使ってレッドウッドを元気にしたい。ぼくは、今まだ小さいけど、にのみや金次郎の松みたいに、ぼくが大きくなったら、レッドウッドが残ってて元気になってて、100メートルのりっぱな木を、グロスマンのみんなで、きふしてよかったね、って、大人になったみんなといっしょに見たいって思う。  小さい事でも、積み重なれば大きくなるっていうのは、そういう事。Facebook