府川周平さんの作品

小論 「アップルのスティーブ・ジョブス」

小論 アップルのスティーブ・ジョブス 府川周平  34年前にアップルを創始したCEOスティーブ・ジョブが、今年の8月に辞任した。彼は7年前に癌と診断され、辞任を宣言した24日には「アップルのCEOである期待と責任を持てない状況になってしまった」とコメントした。アップルのカリスマが辞任してしまうと勿論会社の儲けや製品の質は下がってしまうが、スティーブが素晴らしい出来で残したアップルは未だ繁栄し続けるだろう。スティーブがアップルを成功させられた理由とは彼のビジネス法が違ったからだ。簡単に言えば、彼はただ普通の営業者よりとても優れていたのだ。  最初にスティーブはアップルにきっちりしたシステムを作り、会社内では3つの職員のくらいを作り、各自にルール、期待や責任が施行された。この3つのくらいとは一番上がスティーブ自体入っていた革新者や幹部の含む商品の発明者言わばクリエーターだ。彼らが商品のデザイン、会社の収入や儲けなどを担当していた。そしてこのくらいの人が部下に命令をすれば、文句無く行動をするルールが作られた。革新者や幹部たちは下から何千個のアイディアや発想は欲しくなく、行動だけが望まれているのだ。この下のくらいがマーケティングとセールス担当の職人たちで、彼らの多くは大学を卒業したばかりで才能豊富の人材が多い。しかし彼らは不景気の時代の中人一倍がんばり、仕事に就いただけで感謝している競争の激しい時代を過ごしている。このレベルでは4万6000人の天才が命がけで働いている。最後に一番下のくらいが製造ラインで働いている労働者だ。この労働者たちは単に上の命令を従い、商品を製造した。新聞記事者はアップルの労働者は戦争の軍と同じだ、と説明している。アップルの厳しい階層型組織が最小費用で最大収益を生み出したのだ。  しかしスティーブはこれだけでなく、雇った優秀の職人をより磨き上げ、自ら働く会社を作ったのだ。アップルで個人をスティーブの助けと共に磨き上げ、そして自立した営業者は少なくない。大手ビデオゲーム会社Electronic Artsの会長、アンドロイド携帯の発明者、Facebook Platformのマネジャー、皆は元アップルの社員で、スティーブの助けで成功できたのだ。スティーブは社員を常にひらめき、霊感を与え自分の哲学を教えた。これが社員を刺激し、成功させたのだ。  スティーブの厳しい階層型組織、そして社員たちの支え、これがアップルを今の状態にし、彼がこの事を成功したからこそ、アップルは未だ成長し続けるだろう。

フォトエッセー 「早稲田大学大隈講堂」

フォトエッセー 早稲田大学大隈講堂 府川 周平  早稲田大学を見学している間、ある特定されている一ヶ所が外国の観光者から注目を浴びていた。その場所とは早稲田大学の大隈講堂だ。正式では「早稲田大学大隈記念講堂」だ。この建物は一九二七年に早稲田大学創設の百二十五周年の記念とし、作られたのだ。多くの観光者は中国人や台湾人でこの場所で写真を取っていた。アメリカ人、ヨーロッパ人、黒人、メキシコ人は比較的少なかった。アジアの中ではでは良く知られている場所なのだろう。大隈講堂の写真が左にある。写真の左下を見れば僕が居ますよ。キャンパス内では生徒が夏休みである事を無視し、勉強に励んでいた。多い数の館を進み、食堂に着いた。食堂内はとても綺麗で生徒の声が響いた。賑やかで大学がまるで楽園の様で楽しそうだった。腹が減り、昼飯を食べに行ったが、食べた蕎麦はとんでもなく不味かった。オープンキャンパスではなかった為ビルの中は入れなかったが、キャンパスに入られた事だけで満足だ。日本人に早稲田大学と言うと多くはとても良い学校だとコメントし、早稲田はハイレベルで一流な大学である印象を持っている。早稲田大学を見学し、この様なコメントが事実である事を実感できた。

小説 「誇り」

小説 誇り 府川 周平  母から叱られ以来僕は一度も部屋を出ていない。部屋の鍵をしてから既に三日が過ぎた。いつもの三食が必要で腹は奥から泣いている。精神的追い込まれ自分自身も泣きたいところだ。部屋に篭り始めた初日は散々父母から怒鳴られていたが今は注目されてなく、一言も喋ってくれない。いつも一緒だった弟も話しを聞いてくれない。時計をちらりと見た。夕方6時半だ。今頃皆は夜飯を食べているだろう。やはり父と母も僕の行動に対しあきれてしまったのだと思う。だが僕はその事実を無視し、自分の人生だけに集中することにした。両親には十六年も育ててもらい僕は心から感謝している。だがその事を取り消してしまう行動を親は取ってしまい、僕は正直発狂した。そして決心した。二文字の言葉だ。家出。まるでドラマのようだ。今夜はいつもと違う。長い針が十二、小さい針も十二になる瞬間、窓を開け、網戸を破り外に飛び出し、社会への第一歩を自信持ち掴む。布団をもぐり中で転がりながら暇つぶししていると足跡が聞こえた。うるさく大きい足跡だった。自分に「父さんか…」とため息をつきながら囁いた。彼はドアを叩き「お前いつまでそこにいるつもりか。母さん心配しているぞ。」と言った。彼を信じられない自分がとても恥ずかしい。僕は無視が出来ず彼に言い返した「嘘つき。父さん大嫌いだ。」無意識に出てしまった言葉は父の心を突き刺しただろう。静寂が雰囲気を変えてしまい遂に父さんが吐き出した「分かった。何回も謝っても許してくれない息子は必要ない!」僕は無表情のまま彼の言葉を聞いた。父は不満でリビングに下がった。家出の準備を続け時間をつぶした。