南原セリーナさんの作品

小説 「スパイは死ぬ」

小説 スパイは死ぬ 南原 セリーナ  五年前。首吊り自殺があった寒い十一月三十日。真太は天国へ行った。  監察医務院で仕事を一区切り終わらせ、紅茶を飲みながらソファに寄り掛かっていた時に電話が鳴った。  「はい、もしもし清水です」  「清水、杉原区もみじ町に今すぐ来い。首吊り自殺だ」  「はい、わかりました。今すぐ行きます」  電話を切って、ふとため息をついた。  「今日も死を出向きますか。それじゃ、行って来ます真太」  机に置いてある私と真太が写っている写真立てにささやいた。コートとかばんを持って、駐車場の奥に眠っている車に駆け付けて、エンジンを回した。五時の空は夕暮れが照らすオレンジ色で薄く滲んでいて、悲しみを訴えるような静けさに私は心を寄せていた。真太もこんな世の中の惨めな姿に嘆いているだろうね。人は人を憎み、恨み、怒りながらも冷めた関係にしがみ付く。信頼を心無く捨て、偽りの人生を送っている人間に腹が立つ。自分の都合いいことばかり言っていながら行動が矛盾している人間に腹が立つ。生きることに対して中途半端な生き方をしている人間に腹が立つ。こんな世の中だからこそ私は監察医として死体の中に秘めている真実を精一杯追究しようとしているのかもしれない。