生徒作品 「私の清潔感は日本人なみか」清水亮翔 14歳

私の清潔感は日本人なみか 4月の23日2019年にはグロスマンアカデミーの教室が閉鎖された。21年間のグロスマンアカデミーの歴史の中で、初めて起こったことである。なぜこのようなことが起きてしまったのか。そして僕はこの事件にどのようにして関わっているのか。 その前の週の日に、僕を含めて咳をしている風邪の人が教室に来ていた。しかしマスクをしてこなかった。つまりその人が咳やくしゃみをした時、すべてウイルスが空気中に広まってしまう。くしゃみや咳をした場合、その飛沫は4メートルとび、45分間空気中に留まる。つまり咳やくしゃみをした時、4メートル前にいてもその咳やくしゃみに入っているウイルスが飛んで行ってしまい、45分間そのウイルスが空気中に残っている。その空気で教室にいる先生や生徒が吸って、結果的に生徒と先生全員が風邪やインフルエンザにかかってしまった。 しかしこのようなことは以前にもあったことである。しかしそのときは教室を閉鎖するぐらいの影響ではなかった。なぜ今回教室を閉鎖するほどの事件になったのか。歳をとるとどうしてもその人の免疫力が落ちてしまう。そのため、21年前の免疫力と21年後の免疫力は違う。そして生徒もきちんと先生に風邪が移らないよう、もし風邪で具合が悪いようであればその日は休み、どうしても来たい場合であればきちんとマスクをしていくなどをしないといけない。 今日本でもインフルエンザや風邪にかかる人たちが多くなっている。昔日本が戦争中の時、食べ物があまりなかった時代、少し腐った匂いのする食べ物を食べていた。落ちた食べ物も平気に食べていた。当時の日本人はそんな贅沢なことを言うことはできなかった。このようにして日本人たちは、強い免疫をつけた。しかし今の日本人は、1日でも賞味期限が過ぎた食べ物は捨ててしまい、少しカビが生えていると、そのカビのところだけを取れば良いのに、その食べ物すべてを捨ててしまう。そして日本では除菌スプレーなどが流行って、菌すべてを悪者扱いにして、菌を殺そうとしている。 だから今日本人はインフルエンザや風邪にかかりやすいのだ。僕のおじいちゃんは戦争で戦っていため、どんなに賞味期限が切れていたとしても食べている。そのため僕のおじいちゃんが風邪になったことを一度も見かけていない。このようにしてウイルスとともに生きることで強い免疫力を持つことができる。 きちんと清潔感は持たないといけないが、菌全ては悪者ではない。実際私たちの腸内には100兆個と言う菌がいるのに、未だ菌は悪い存在だと考える人たちが多い。腸の中には善玉菌以外にも悪玉菌がいて、その両方の菌がいて成り立っているのが腸である。 僕の清潔感は昔の日本なみだと思う。部屋のゆかに落ちた食べ物は水であれって食べ、賞味期限が切れていたとしても食べる。そのようにして風邪になった時も、1日2日で直してしまう。しかしきちんと人の多いところではマスクなどをしないといけないのに、しなかった。そのところでは日本人の清潔感を持っていないと思う。

生徒作品 「なぜ21世紀にインフルエンザは流行するのか」清水亮翔 14歳

なぜ21世紀にインフルエンザは流行するのか インフレンザや風邪は21世紀の今でも発症する病気である。21世紀になり、多くの科学の進歩があったとしても、未だ年間アメリカで2700万人以上がインフルエンザに感染する。しかしなぜ今でもインフレンザに感染する人たちが多いのか。 インフルエンザに感染すると言うのはインフルエンザウイルスに感染すると言うことである。インフルエンザウイルスには主に3つのタイプ、A型、B型とC型がある。どのウイルスがその年に流行するかを科学者が予測している。 インフルエンザワクチン接種とは、この年はこの型のウイルスが流行するだろうと予測し、その予測したウイルスを少し体内に入れることである。ウイルスを事前に入れとき、免疫をつける。そのため、そのインフルエンザが流行した時、そのウイルスにかからなくなる。 しかしインフルエンザワクチンを接種したとしても、毎年インフルエンザは変化するため、ワクチンに使用されている型と流行する型が違うインフルエンザにかかる可能性もあるため、インフルエンザワクチンを接種したとしても、インフルエンザを100%防ぐことは不可能である。 インフルエンザワクチンを接種する以外にも、いろいろインフルエンザを予防することはできる。例えば、外から帰ってきたときはきちんと手を洗い、口をうがいし、外出するときはウイルスを体内に入れないため、マスクをするなど、いろいろ方法がある。 しかし私たち人間は社会人であるため、どうしても家の中に一日中いることは不可能である。食べるための食べ物を買いに外に出たり、仕事をしに外へ行き、子供であれば勉強しに学校へ行く。そして店、会社や学校などの場所は、大勢の人たちがいる。マスクをしている人や、平気でくしゃみや咳をする人まで。色々な人がいる。そのため自分が頑張ってインフルエンザ予防をしていても、どうしても全員もしているとは限らない。 毎年毎年私たち人間の科学技術が進歩していく中、インフルエンザウイルスも頑張って人間の世界で生きようとしている。人間とウイルスのかけっこである。そして私たちは社会人であるため、どうしてもインフルエンザなどの病気を100%防ぐことができないと思う。

生徒作品 「ダイヤ」清水亮翔 14歳

ダイヤ 僕は黒人として生まれた。アフリカのモロッコで生まれ、アメリカのテキサス州に移住してきた。移住してきたのは3歳の時で、幼稚園は行かず、一年生になった時小学校に通った。その時から何か違和感を感じるようになった。僕のような黒人は2だけしかいなく、そのほかは皆白人であった。絵を描く授業で、ほかの白人の友達は良い色鉛筆を渡されたけど、僕ともう1人の黒人は古い色鉛筆を渡された。何か先生が僕のことが嫌いなようであった。その時は、「あ、ただ先生が僕のことが好きではないだけだ」と思っていた。 3年生になったとき、その違和感がはっきりしてきた。先生だけではなく、僕の白人の友達まで変わってきた。白人の友達が面白そうに話している時、1人の白人に「その消しゴム貸してくれる」と聞いた時、みんなが笑うのをやめ、僕のことをじっと見て、5秒ほどしたら貸してくれた。直接僕は白人たちにいじめられたわけではない。何かプレッシャーのようなものを感じるようになった。 5年生のある日、白人たちとバスケットボールを遊ぼうとした時、1人の白人が「あんたは僕たちと違うから出て行け」と呼ばれた。このようなことは、人生で一度もされなかった。心にヒビが入った。 このことを翌日お父さんに言った。するとお父さんはなぜか泣き始め、こう言った。「本当にごめんな。君は白人のように自由に生きることができないんだよ」と言った。この時初めて僕はほかの子とは違い、黒人であり、差別されていたことがわかった。 その日から僕は変わった。白人たちを見返してやりたかった。黒人は白人のように人間であり、肌の色が違うからと言って、人間でないというのは間違っている。僕は図書館に行き、たくさんの本を借り、本を読むことにした。本を読んでいくうちに、自分は作者になりたいと思った。 成績はクラスの誰よりも良くて、順調であった。みんなからいつも批判を受けた。それにも関わらず、作者になるためたくさん勉強した。僕が23歳の時自分の人生を描いた本を書いた。出版社へ持ってたが、やはり黒人だからと言って受け取ってくれなかった。しかし諦めなかった。30社以上の出版社を訪れ、やっと僕の本を出版してくれる出版社を見つけた。 その後僕の本は黒人の作者と評判になり、ベストセラーとなった。そして多くの人々から僕は黒いダイヤと呼ばれるようになった。ダイヤの中は、びっしりと炭素の分子が並んでおり、電気を通す隙間もない。地球で一番強いものとされ、身の回りから批判を受けたにも関わらず、僕の本をベストセラーになるほどの作者になれたということで僕いはダイヤなんだ。

生徒作品 「超便利を目指す現代」清水亮翔 14歳

超便利を目指す現代 超便利を目指す動物人間。平らな園庭より不便な園庭の方が、園児を活き活きとさせ、電子辞書よりかみの辞書を使う方が単語を覚えたり、プロジェクターが教室に配置されたことによって、生徒たちの興味がなくなった。便利を目指す世界の出すゴミの目に見えないCO2が多すぎになっている。 今では人工知能という超便利な機械が開発されてきて、10年後には人間の半分の仕事を奪うと言われている。そのため今私たちはAIを超える脳を持つため勉強しているが、超便利を目指す現代は何がいけないのか。 私たちは3万年前旧石器時代、動物を狩って食べていた。目で獲物を探し、手は自分たちが作った武器で動物を殺したり、足は動物を追いかけるために使っていた。耳は他の動物に食べられないよう使って、鼻と口は食べるために使っていた。縄文時代の時は、手で縄文土器を作っていた。ギリシャ時代の時は、原子の存在を考えていた。 しかし今の21世紀では、目でスマホの画面を見て、手はスマホをいじるために使い、足は車により使わなくなり、耳は音楽を聴くために使い、鼻や口は食べるのに使う。自分の頭で何も考えていない。 しかもGoogleや電子辞書が誕生し、知りたいものはすぐ知れるようになった。そのため、すぐ物事を忘れるようになって、海馬が小さくなっている。苦労して真実を見つけるのに、何も今の人は苦労していない。紙の辞書で調べることにより、時間はもっとかかるかもしれないが、そのページにまた知らない単語があるということで、また調べる。そのようにして知識が増える。知識を得たいという知ることの喜びがなくなっている 便利な社会で自動運転車が実現され、「運転しなくていいよ」なはずが、「運転してはいけない」になっている。全てが他人や機械任せで楽だけであると、自分がやることの喜びが失われる。 平らな園庭より不便な園庭の方が、園児を活き活きとさせるように、不便にあうと私たちは自ら工夫することができる。人の体はそのようにできる。しかし私たちは、どのくらい何か物事を便利にできるかだけしか考えていなく、目、足、手、鼻と口をいかに使わないようにできるとし考えていない。そのためただ電気が止まると何もできなくなり、携帯電話がないと生きていけない状況になっている。 体全体の作りが、私たちは超便利では生きてはいけないと示しているのに、超便利を目指す現代人は未だ昔のエジプト人がどのようにしてピラミッドを作ったかわからない21世紀の私たち。このまま超便利の現代を進めていけば、人類は崩壊するだろう。

生徒作品 『なぜドナルド・キーンは日本文学を愛したのか』清水亮翔 14歳

ドナルド・キーンは、日本の文学を愛し、日本の主な文学作品をほとんどなどを訳したアメリカ人である。なぜ彼は日本の文学を愛したのか。 アメリカのニューヨーク州で生まれ育ったキーン氏。彼自身はものすごく頭が良かった。しかし若い時に妹を無くし、親も離婚をして、苦しいおかりの子供時代であった。そして彼はフランス語やギリシャ語を学んだが、何か自分にぴったりなものがなかった。その時49セントであった11世紀の紫式部が書いた「源氏物語」をニューヨークの本屋で見つけた。これを読んだ後、日本文学に夢中になってしまったのだ。 フランス語やギリシャ語などを学んだけれど、自分にあったものがなかった。その時日本文学と会い、それに魅力を感じた。彼は自分で、「もし自分が日本人であったら、こんなにも日本文学に魅力を感じることはできなかった」と思うと言っている。つまり外国人であったからこそ、日本文学のすごさがわかったのである。 「Ghost of Tsunamis」を書いたイギリスのリチャード・パリーや小泉八雲もきちんと外国人として、日本人には見れない見方で日本を見ることができた。 外国人が日本のすごさに気づくのは、ドナルド・キーンだけではない。彼は、外国人であり若い頃辛い経験していたからこそ、ヨーロッパ文化にはない日本人の人間観や自然観に魅力を感じたんだろう。

生徒作品 「教養の十分でない日本人が日本国に与える危険」清水亮翔 14歳

教養の十分でない日本人が日本国に与える危険 現在日本の学生は、読書は一切しなく、SNSなどの流行の中で生きて、追及などもしていない。このような教養のない人たちがどんな日本を作ってしまうのか。藤原正彦が書いた「国家と教養」に、教養の十分でない日本人は、日本国に与える危険はどのようなものなのかが書いてある。 何か知識を獲得するためには、家族や学校で教わる知識では少なく、自らの努力が必要である。「家族や学校で親や先生の終わる知識だって、ほんと基本だけです。情報や形と一体化した知識を獲得するには、まず自ら努力して得る必要があります・・・読書なら時間もお金もさほどかかりません・・・本を読まない人間は井の中の蛙と同じになります」と書いてある。 現在の日本人はこの正反対の知的生活だ。受験勉強のためにだけ勉強し、追及などの形で自ら独力して知識を得ようとしていない。そして全く本を読まないため、何も知識を得ていない。スマホを持っていてもスマホについても5Gについても無知。スマホを支えているバッテリーについても無知。人間ではない。これが日本人の現状である。 「民主主義国家では一人一人十分な教養を持たなければならない。リーダーは選挙を通じ国民によって運ばれます。選ぶ人が自ら、教養を持っていないと判断できないのです。すなわち民主主義国家では、政治を言える人も、選ぶ立場の国民一人一人も、十分な教養を持つこと、感爇した国民になることが不可欠なのです。」 民主主義というのは、国民一人一人が自分たちのリーダーを決める。そのため一人一人がきちんと教養を持っていないと、国家が大変な国なる。これが日本でも起きそうである。実際アメリカで起きた。クリティカルシンキングができない大勢の人が、フェイスブックに入り、ロシアが出したフェイクニュースを見分けることができず、トランプ氏という自己中心のビジネスマンを大統領として選んでしまった。 日本は特に危ない。流行のものに目が向き、クリティカルシンキングできない人ばかりである。 受験のためにしか勉強せず、勉強の面白さも感じず、大学を出たら勉強をやめてしまう日本人。それが悪い民主主義のリーダーを生んで、日本国が危ない状態になる。

生徒作品 「ことわざから考えた日本人論」清水亮翔 14歳

ことわざから考えた日本人論 ことわざを勉強することにより、日本人はどのような生き方をする文化を持って特徴を持っているのか、そして世界をどのようにみているのかといことがわかる。 僕が選んだ1つ目のことわざは、「舟に刻みて剣を求む」である。これは現在の日本人を表している。船で川を渡っている途中剣を落としてしまい、落とした持ち主はすぐさまに印をつけた。しかし船は流されてしまうため、印をつけた意味がない。 このことわざは、時代遅れと似ている。現状の変化に対応する力がないという意味である。まさしく今の日本である。例えば、第9条の問題。昔はこの第9条があり、戦争が日本でなかったけれど、今アメリカがトランプ氏になり日本はアメリカから独立し、自分たちの軍を持たないといけない。それなのに日本はアメリカに頼っているだけである。ことわざではないが、方丈記もそう書いてある。「ゆく川の流れは絶えずして、しかももとの水にあらず」。同じ水はなく、絶えず変わっているということが書いてある。 第9条だけではない。日本の会社のシステムもそうである。今の日本の考え方は、会社で社員を教育するという考え方である。昔は国の中の企業同士の競争だったため、この社会のシステムが成り立った。しかし今は21世紀である。国内の企業との競争ではなく、国際的競争である。そのため、今の日本の会社はMBA的なものを受けた社員が必要なのに、これに日本は気づかず、今のシステムを維持している。 2つ目のことわざは、「灯台下暗し」である。灯台の周りは、明るいかもしれないが、灯台の真下は真っ暗である。つまり、みじかなことに気づつかないということである。これは今の世界である。現在世界は火星に行くことで夢中である。イーロン・マスクは火星で死にたいというぐらいである。しかしその人たちは、地球の土や大気のことは何も知らないだろう。それこそ灯台下暗しである。まず地球科学を研究し、温暖化を一人一人が科学的に研究するような研究が必要である。 このようにことわざを知ることで、日本人はもしかしたら諦めず嫌いかもしれないが、周辺の変化に対応することができず、時代遅れになりがちである。

生徒作品 『日本の問題とは何か』清水亮翔 14歳

日本の問題とは何か 「100まで生きている人が増えると人生」という麻生大臣の発言が問題になっている。 地球上には今100まで生きる人が増えている。それは人類の悲願が達成され始めたことであろう。ただし日本はその現場を人類の少子高齢化という。高齢者が多くなって、若い人たちが比較的に少なくなっているとい問題で心配している。若い人たちが少なくなることによって、働く人がいなくなり、経済が下がると心配している。 しかし本当は、少子高齢化の実現は良いことである。高齢者の方が、元気では人類の進歩だ。そして若者が元気ではなくなっているのは空腹を知らない時代だからである。実際高齢者たちは、戦争の時代を経験しており、苦しい思いをしている。戦争中は、お腹いっぱいなるまで食べることはできなかった。しかし今の人たちは、太るほど食べて、暑いときはエアコンをつけ、寒い時はヒーターをつける。何も苦しんでいいない。そのため、高齢者の方が頑張っている。そのため高齢化は経済の失速の原因ではない。若い人たちの人口が減っているのを経済の失速と繋がると考える人が多い。 日本は人口の減少という問題を抱えている。そしてこの問題を日本の財務省が子供を産まない人のせいにしたため、謝罪をした。これで女性だけを疑うのは、変である。男性と女性がいて、やっと赤ちゃんが生まれる。今までの女性のそんないかんは、女性は子供を産むためだけにいると思っていた。しかし今では違う。現在の女性は、子供を産むだけではなくなってきた。学者にもなれるし、政治家にもなれる。すなわち、一人の人間として、自分の能力を作り、その能力で生きられる人権を持っている。本当に子供を産みたいとしたら、産むかもしれないが、子供を産むのが女性の仕事ではない。 このような問題は、人類の歴史の一段階であり、文明が発展を続ける、その流れだということがわかっていない。いかなる人間も経済の道具とみる政治家を民主主義は許さない。良いか悪いかで見える現状ではない。日本の政治家たちは、人類の発展に送れ、時代信仰をつかめず人間一人一人の価値を任ししないで国の発展をはばんでいる。マイナスの存在と化している。