小説「春の怪我」

下野 真久   1)「みさ子、あと2日で春だよ!」 カリンがうれしそうに顔をこっちに向けた。 「う、春ってにがて。」私は目を合わせないように、向こうを見た。 「なんで? みさ子ちゃん、花とか好きな人でしょう?」と、カリンがぶぜんとして言った。 そのとたん、ドアがガラッと開いて、6年3組の担任、ふじもと先生がスタスタ入ってきて、「みんな、休み時間はもうおしまいよ。 国語の本を出して60ページを開けてください!」と大声で言った。   私の名前は山数みさ子、6年3組のクラスの1人です。 親友のカリンが言ったとおり、春はにがて。なぜなら3年生の時、一番がっかりしたことがおきたから。クラスで ”私の夢”の絵をかかされて、私がべんごしの絵をかいたら、男の子から、「へただな。」と言われてきげんが悪くなった。その帰り、いきなりくしゃみが出て、病院に行ったら、花粉しょうになっていると言われた。 そして次の日は、しょうげきてきなことがおこった。かっていた犬が死んだ。ポチは私が一歳のときからとなりにいた犬だった。どんな時もいっしょにいた。もちろん、私が1歳の時、はじめての1歩をあるいて、ころんで泣いた時もポチはいた。ポチはいつも生きている間の1つだった。私は今まで泣かなかったように泣いた。その時に全部泣き出した。絵のことも、花粉のことも、ポチのことも全部。 それからずっと春の間なにもいやなことがおこらないようにしていた。 2)「次、中林さん、読んでください。」 ふじもと先生が言った。「はい。」中林さんが席を立って読む。 「山をこえたら、雲が見えてくる。その雲をこえて見ると、えいえんにつづく。」それは、私の耳に空気のように通っていった。窓を見たら、いきなりポチのことを思い出した。ポチの白い毛、茶色い目、いつも散歩に行く時ほえて走っている場面が、全部バーッとしゃしんのように流れ出した。   目がぼやけてなみだが出てるかんじがしたので、すぐ手でふいた。他の人がへんに私を見て、「どうしたの?」と聞いた。手をあげて、トイレに行きたい。と先生に言って歩いていった。かがみを見てたら後ろから黒いかげが見えた。後ろをさっと見ると、カリンだった。 「カリン、びっくりさせないでね!」私は言った。 「ごめん、みさ子がクラスでいきなり泣き出したから、先生にトイレに行っていいか聞いてきたの。もうへいき?」としんぱいそうに見た。少しほっとして、 「う、うん、だいじょうぶ。ただ目にゴミが入ったの。泣いてないし、なみだ一つもおとしてないし!」私はこまった顔をして言った。 カリンは1年生からずっと友達でいてくれて、すごくうれしい。クラスに戻って、私はポチのことをわすれてひっしに勉強した。 3) 学校からかえって、10分おかしを食べて、テニスのユニフォームにきがえた。 「みさ、あと15分で出るからね。ラケットはかべにおいとくから、あとは自分でしてちょうだい!」ママが台所から言った。 「はい。」と答えた。クラスについたらすぐじゅんびたいそうをして、コーチが子供たちをあつめた。 「みんな、さ来週は試合だから、今日はちゃんとれんしゅうしてください。」と言った。 この試合は、前のとちがい、もし1位になったら、県大会へ行ける。それを私はめざしている。   くつのひもを結んで、チームに入った。ボールを上に投げて、足を少し曲げて、いきおいよくガッと打った。ボールは、いんせきのように飛んで相手のほうにいった。15分たってから、練習試合をしたら私は勝った。 「やった!」と、水を飲んで友達に言った。   練習をしている時だった。ボールを打つとき、前に走ろうとして、ラケットを持って走ったら、こけて、落ちて足をくじいた。いっしゅん、ビリビリビリ!と、雷が外に落ちるように足に痛みが走った。すぐにコーチが走ってきて、立つのを手伝おうとすると、また同じ痛みが飛んできた。私はショックだった。なぜそんなことになるのか。   やっとお母さんが急いできて、病院に連れて行くと、 「あなたの足首はものすごくひねったようですね。それで筋肉を痛めたので、あと、、」 私は目を閉じた。いやだ。1週間にして。テニスの試合に出たい!お願い! 目を開けたら、 「あと2週間でひえてきます。だけどよく手当てしたら6日でよくなるかもしれません。」 と、先生が言った。お母さんが、 「みさ、良かったじゃない!試合、間に合うかもしれない。」と、うれしそうに言った。 「あら、お子さんはテニスをやっているんですか?」と先生は聞いた。 「はい、日本大テニスエリートに入っています。」お母さんは少しじまんするように言った。 「スポーツか。私は小さいころ野球をやっていて、いや、楽しかったなあ。 いろんな人たちと試合をするのは楽しかった。だけど、その楽しさは続かなかった。 チーム全体が、勝つためのチームワークと、友達の気持ちをすっかり忘れた。どんどん、みんながバラバラになり、私は一人になった。 静かなコーチが、ある日、私たちに、本当のチームワークと努力をしないと、どんなに練習をしてもよくならん!この本当の意味を分からずに、試合に勝っても、まるで新しい紙をゴミ箱に捨てるようなものだ!と、どなった。そのあと、みんなはめずらしく話し合い、最後の試合を勝って、その本当の勝つ強さを知ったのさ。だから、みさ子さんは、勝つだけでなく、ちゃんとチームワークと、努力を知ってたら、ぜったいケガはなおって、試合も勝てるかもしれませんよ。」と、先生は言った。   私とお母さんは、感心して聞いていた。この先生は大きな心を持っている。色々な経験をしたんだろう。私は思った。本当の強さ、チームワークと努力。それを頭に入れた。その後、先生にお礼を言って家に帰った。 4)次の日学校に行くと、みんなから、「だいじょうぶ?」と、さんざん言われたけど、ありがたく、カリンが誰もいない所に連れて行ってくれた。 「ありがとう、たすかる。」私はお礼を言った。 「ううん、いいよ。で、まだ言ってなかったけど、足どうしたの?」 […]