【生徒作品】清水さくら 9歳

「私を信じる私」

私は日本人だ。だから日本人にしかできないことで、大きくなったら困っている人たちやかわいそうな人たち、例えばネイティブアメリカンやロヒンギャの人たちを助けたり、海や山やそこに住むサンゴ礁やレッドウッドやジャイアントセコイアの木を守ったりできると信じているし、私にしか書けない物語や詩で世界中の人たちを感動させられるかもしれない。

私は4歳のころから毎週土曜日はグロスマンアカデミーにいた。グロスマンアカデミーに入ったきかっけはカエルの絵だった。私があきとのことを迎えにグロスマンに行ったとき、カエルの絵をかいてグロスマン先生に見せた。するとグロスマン先生がただいるだけでも勉強になるからあなたもお兄ちゃんと一緒にいなさいと言って、まだ授業もわからないことだらけだったけど、俳句を作るのは楽しかったし、知らないことをたくさん知ることができるから、朝7時から夕方まで毎週休まずに何年も通ってさむらいとよばれた。

現地校のクラスのお友達のお誕生日パーティーにもピアノのリサイタルも土曜日だから私だけ行けなくて残念なこともあったけど、グロスマンの方が知らないことがたくさん知れて楽しいから少し熱があってもグロスマンに行ったら平気になったこともあった。

暗記も5歳ぐらいのころたくさんした。例えば、原子記号をお風呂の中で唱えて覚えた。お父さんによると私はよくフッ素を忘れていたらしい。

雨にも負けずもおふろのなかで覚えた。いつも私は最後らへんの南、西、東、北で助けることががいてあるところがいつも間違ってしまう。

私の最初の追及は植物のことで朝4時に起きて朝顔が咲くところを観察したのを覚えている。月と朝顔がいっしょに見れてうれしかったから。

6歳の時には浦島太郎の続きの小説をかいた。げんこう用紙に23まいも初めて書いた。だが提出する前の日にまだ終わっていなかったから12時まで起きて終わらせた。それで手の後ろが真っ黒になった。

私は7歳で中級表現をすることになった。私はタイプできるようになるためにタイプをれんしゅうした。それでやっとタイプできるようになり表現をタイプして先生に提出できるようになった。

中級表現になったから資料も難しいし、たくさん読まないといけなくて、まだ読めない漢字がたくさんあるし、毎週のプレゼンもサンフランシスコクロニクルからファイナンシャルタイムズになって、訳すのも記事の内容をまとめるのも時間がすごくかかるようになって、去年から私は剣道のけいことピアノのレッスンをずっとお休みしている。4歳の時から毎週土曜日は朝7時からグロスマン、日曜日は表現の宿題をする日だ。

芭蕉とソローがなぜ生きているとき笑われても死んだあとは人類の宝になったかを勉強したとき、その時代のはやりの生活をした人の生き方はみんなきえてしまって、芭蕉とソローはその時代のまわりの人に流されずに、型にはまらない生き方をしたからだとわかった。

そして二宮金次郎の「小さなことでもそれが積み重なれば大きな実りになる」という言葉も学んだ。

私はまわりの人たちや山や海や虫たちのおかげで生きているから、世界の一人として考えないといけない。まわりに流されずに一人で世界の中で生きていける強さをもって、小さなことを積み重ねればきっと世界のかわいそうな人たちやレッドウッドやサンゴ礁を助けられると信じているからこそ、私は毎週土曜日にグロスマンに行って知らないことをたくさん知って、土曜日以外は毎日たくさん資料や記事や本を読んで、たくさん考えて、プレゼンや追及や表現の宿題をする。