【生徒作品】清水さくら 9歳

「胸を打つエッセーはどこに力があるのか」

ニューヨークタイムズのPowerful college essaysを読んでなぜこれらのエッセーがすぐれているかを考えた。

私の一番印象に残ったのはKataryna Limma Pinaのエッセイだ。彼女は、おばあちゃんがいて、そのおばあちゃんの指輪をこの女の子のお父さんが盗んで捕まってしまった。だから彼女の家の女性は働かないといけなかった。彼女が11歳のころおじいさんとおばあさんにつれられて初めてクリーニングレディの仕事をした。まわりの子たちが勉強したり、遊んだりしてるのに、彼女は家のために働かないといけなかった。おばあさんはキルトが好きだった。だが、それをあきらめて仕事を文句を言わないでした。それでおばあちゃんが言った。

『todas las cosas buenas vienen a los que esperan』

つまり、待つ人にはいいことが起こるという意味だ。おばあさんは病気になり作りかけていたキルトを終わらせることができなかった。だから女の子がキルトを代わりに作りあげた。

おばあさんは嬉しそうに『Cerrar la costura y hacer una colcha de su propio』と言った。それはキルトのピースをくっつけると自分の作品ができる。

それは、キルトのピースが彼女につらい経験でその経験を組み合わせるとオリジナルのキルト、つまりその人にしか作れない人生がができるということをこのエッセイは教えてくれる。

次に印象に残ったのはAlison Hessのエッセイで、女の子だったが男の子に生まれてお父さんのようなファーマーになりたいと思っていた。緑色のトラクターが好きで冬でもカバーオールを着て、知らない人と話すときは腕を胸の前で組んで男らしく見せた。

3年生のころ髪の毛を短く切った。農場だったので10歳の誕生日にショーのための牛をもらった。彼女は一生懸命牛の世話をした。しかも名前も付けた。その牛の名前はMissy。

Missyは女の子が男みたいに行動したりしていることを気にしないのに気付いた。その数か月後に牛のコンテストでMissyがしょうをとった。

それでほかの人から女だったのにいいおとこといわれてうれしくなり、彼女のお父さんがなんでもできるように私も何でもできると気づいた。牛が大事なのは男か女かではなくて、一生懸命にやることだと彼女に教えてくれた。

この記事に乗っているエッセイの共通することは自分や家族からつらい経験から学んだといこと。

この記事が人の心をつかむ理由は、このエッセイにはその人だけの経験や人生が出ていて、そこから学んでそのつらさが役に立ったことがかいてあるから、読んだ人の胸を打つことができる。