【生徒作品】清水亮翔 13歳

【生徒作品】清水亮翔 13歳
「バチで生かされる人間の物語」

打楽器はバチがないと良い音が出せない。どんなに良い打楽器でも、バチが変なバチであれば、良い音が出ない。バチで全てが決まる。例えば、バチの棒のところが木で作られれあれば、音量が出やすくなり、竹にすれば軽くなって奇麗な音をだす。そしてバチのさっきっぽのフェルトはどの国の素材かで打楽器の音が決まってしまう。

僕は10歳の男の子だ。でもちょっと違った友達がいて、僕の親は他の親とは違う親である。みんなとは違う教育も受けている。だから僕も違う。

6時07分に僕は毎日起きる。なぜか毎日6時7分になると、勝手に目がさめる。そのあと、ちょっと本を読み、学校に行く前、毎朝納豆を必ず食べて、食べ終わったら、歩いて学校まで行く。それが僕のいつものやり方である。

僕の学校も変わっている。教科書に従って、勉強をしない。毎日新聞の記事を読み、今世界で何が起こっているのかを学ぶ。漢字や算数は自分で勉強しないといけない。学校が終わったら、家へ歩いて帰る。

家に帰ったら、まずお母さんが作ってくれたヨーグルトを食べる。ヨーグルトを食べ終わったら、学校の宿題をする。学校の宿題が終わったら、英語と日本語の本一時間ずつ読む。そのあと、6時ぐらいにお父さんが帰ってきて、家族三人で夜ご飯を食べる。夜ご飯が終わったら、また本の世界に戻る。

あっとゆうまに9時半になってしまう。9時半になると、お風呂に入ってすぐ寝る。僕の家族は、あまり体を洗わない。皮膚についている皮膚を守る常在菌を殺したくないからである。しかもシャンプーも使わない。海を汚して、魚を殺してしまうからである。ちょっと汚いかもしれないが、それが僕の家族である。お風呂を出ると、すぐに寝る。そしてこれをまた繰り返す。

いつも僕が思うのは、僕の人生は打楽器とバチであることである。僕は打楽器である。そして僕を変えてくれるのが、僕のともだち、家族や先生方である。友達、家族や先生が普通とは違うから、僕も違う。打楽器は、全てが同じわけではない。大きさも違うし、色も違うし、形も違う。私たちと全く同じである。みんな、肌の色、大きさや宗教が違う。そして自分をよく変えたり、悪く変えたりしてくれているのが、他の人々つまりバチである。