【生徒作品】 大沼 一 10歳

【生徒作品】 大沼 一 10歳

「来年、ベートーベンの第九がアジアで初めて演奏されて100年になる」

 2017年の日経新聞に、ベートーベンの第九は、初めてアジアで演奏されたのは1918年6月1日、徳島県の坂東捕虜収容所だと書かれている。WWIで捕虜にしたドイツ人の兵士を強制労働させずに、自由に管理した収容所だ。その所長は松江所長。彼は、収容所内に、80件の店をドイツ人の捕虜のために作ったり、捕虜は収容所の外も散歩でき、その時に住民に「ヤァ、トモタチ」と声をかけ、住民は「やぁ、ドイツさん」と答えたそうだ。ドイツさんたちは町のために橋を作ってくれ、その橋は今もまだ使われている。
 松江所長の父は会津藩士だった。だから弱虫であるドイツ人捕虜の気持ちがわかる。でも、弱虫の気持ちがわかるからと言って、ほかの収容所にはない自由を与えたり、松江所長の考え方に賛成しなかった軍からはお金をもらえなかったりしても、なぜここまで思い切った行動が取れたのだろうか。
 それは、松江所長には信念があるからだと思う。その信念は、捕虜の人権を尊重すること。捕虜になったからと言って、動物みたいに扱ってはいけない。ソ連がWWIIの時、日本人兵士を捕虜にしてシベリアに送り、食べ物も十分与えず、十分な服も与えず、強制労働をさせたのとは大違いだ。もう一つの松江所長の信念は、捕虜に自主性を持たせること。捕虜がパンが食べたいといえば、小麦を栽培することも承認した。捕虜の中に楽器ができる人がいたので、オーケストラも2つ作った。必要な楽器は調達した。
 この捕虜が収容所で演奏したのが、1918年でベートーベンの第九だ。この第九の演奏は、日本の松江所長や彼の考えをサポートした町の人たちとドイツ人の捕虜が心を通わせて仲良くなったことを証明する。