【生徒作品】 中村美桜 13歳

【生徒作品】 中村美桜 13歳

「リンカーンはなぜ完全な解放主義者にはなれなかったか。」

 リンカーンは黒人を解放し、黒人のために暗殺された解放主義者の大統領で、世界中の良心的な人の希望の星である。彼はゲティスバーグで 「All men are created equal」と言い、愛されてきた大統領だ。

 しかし、フレッド・カプランという人は、リンカーンは、元々は白人優位主義で人種差別をしていた人だと「LINCOLN AND THE ABOLITIONISTS, John Quincy Adams, Slavery, and the Civil War 」という本で書いた。彼は昔のリンカーンのことを調べ、若いリンカーンの考え等の情報を、本当のリンカーンの考えだと定義し、彼はみんなが言う解放主義者ではないと言っている。

 しかし私は、その意見に反対する。なぜなら確かに彼が若い時は、黒人のために命がけで戦うような人ではなかったかもしれない。しかし彼は子供の頃は貧乏で学校へ行けず、ヨーロッパの人権思想などを学ぶ機会もなかった。彼が生まれ育った時代には、彼の周りにも、人種平等や奴隷解放というような意見を持っている人はごくわずかだったはずだ。よってリンカーンも、カプランが指摘する通り、最初の頃は奴隷としての黒人を容認してきた。

 しかし彼はもっと勉強し、政治家としての経験を積み、さらに南北戦争が進んで行くなかで、人種や奴隷に対する考えを変化させていった。彼の人生の終わりまでには、奴隷を解放し、北部の 6 州の黒人の参政権まで実現したのだから、人間の考えや信念は変化するということだ。

 カプランがもう一つ指摘していることは、リンカーンが大統領になって、かなり時間が経ってから奴隷解放宣言をしたことだ。カプランは、もしリンカーンが本当に奴隷制反対の人だったなら大統領になってからすぐ解放したはずだ、と言っている。
 
 しかし私は、現実的に解放はそんな早く出来なかったと思う。上にも書いたように、過去の時代はまだ「奴隷を使って何が悪い」という考えの人は沢山いたし、北部でも、南部のやり方にそこまで踏み込まなくても、と考える人もいた。奴隷解放はとても大きな問題だった。今の 2017 年でも黒人差別をしている大統領がいるくらいなのだから、沢山の議論が必要だっただろう。それでもリンカーンは粘り強く少しずつ人々の考え方を変えて、大統領就任から約4年で奴隷解放を成し遂げた。困難なことを実際に実現することがどれだけ大変なことだろうか。

リンカーンは生まれた時からの完全解放主義者ではなかったかも知れないが、アメリカを変えた、立派な奴隷解放者である。