エッセイ 「日本独特のジャンルの私小説について」


エッセイ
日本独特のジャンルの私小説について
篠島 匠人


 西村賢太が芥川賞を受賞したことで、破滅型私小説が現代で広く認知されるようになった。平成の破滅型私小説作家と言われる彼は《苦役列車》の主人公北町貫多の多くに自分を当てはめていたそうだ。小説を書いていて「ダメなやつだな、ダメなやつだなと思いながら書いてて、あー、でもこれ俺のことなんだよなあ」しかしそれこそが西村さんの構想したこの小説の大きな狙いである。「この小説を読んで自分よりもダメな人間がいると思って救われた」人がいれば嬉しいという。とことん主人公≒自分自身を絶望に追い込んでいて、それでも作者は作者で藤澤清造という私小説作家にまた救われていることから、他の文学では明示されない破滅的私小説にはどこか人々を紡ぎとめる苦役人生のリンクがあるのかもしれない。


 私みたいな人間が絶望したなどと言っても鼻で笑われるだけだ。岡本太郎のようにあらゆる感情を経験しなければ人間として成長することはできない。「絶望の中に生きることこそが、おもしろい」この言葉に救われた人は私が思うよりもずっと多いのだろう。絶望の理解は、まず《苦役列車》を読むことからはじめたい。