小論 「福島原発20キロ圏外強制非難は民主主義の原理に反するか」


小論
福島原発20キロ圏外強制非難は民主主義の原理に反するか
谷 法之



 2011年の3月に起きた東北沖大震災の被害はとても大きなものであった。福島第一原発が放つ高濃度の放射能によって原発の周りに住む人たちは避難生活を送っている。避難生活で私物が少ないため、「実家」へ戻る人たちが次々と出てきている中、日本政府は国民の安全のためと「立ち入り禁止」地域を定めた。原発から半径3キロの場所は「一時帰宅禁止」区域、半径20キロは「警戒区域」と二つの区域を作った。この辺りは放射能の影響が一番強い地域のため、日本政府は立ち入り禁止地域にした。この判断を行ったのは政府であるが、その判断に反対する人たちが不満を出している。「あの家は、あの土地は、わしらの人生そのものだった」という男性のように、自分の家が命と同じぐらい大切なものであったという発言をする人たちが後を絶たない。強制避難を行ったのは安全のためであったが、民主主義の日本としてこのような「強制避難」、「戻った人には罰金」という考えを出した政府は民主主義の原理に基づいているのか。この判断は民主主義として間違っている。

 突然避難しなければいけない状況になり、津波から逃れようと必死に逃げた人たちは精神が不安定な状態である。そして、心の不安を安らげるためにも心が安らげる所へ行こうとする。その安らぐ場所が実家、自分の家である。その家に帰れない人たちは毎日がストレスになる。戻れない理由が安全ではないという事よりも、国が帰るなと強くメッセージを出しているからである。それがさらにストレスになる。避難生活という慣れない生活に精神的に対応出来ず、老人で病院へ行く人たちも出てきている。政府は結局個人個人に被害を加えている。

 人の運命は他人が決めるのではなく、一人一人が自分で決める。政府は家に帰るなという命令を出して、もうすでに人生は支配されている。この支配はすでに民主主義の政治にはなってはならない状況である。政府は「家に帰りたい」という人たちを帰すべきである。ただ、避難地域に住む間は支援や医療的サポートは無いであろう。自分の意志で動くことによって自分の運命を決める人もいれば、生きるために支配される人もいる。

 政府が警戒区域を作り、だれもその地域に入れないのは国民の安全のためである。なにより、もしその地域で死人が出ても、政府は毎日確認するために人を派遣しない。必要以上に問題を増やさないためにも、政府は今最善の計画を実行している。ただ、政府だけの判断のため、反対の声が強く政府を攻撃している。今の日本政府は民主主義の原理に反するが、国民の安全のためにという理由で強制避難を行っているだけである。