小論 「学生が麻薬で、自己破壊をする国をどう思うか」


小論
学生が麻薬で、自己破壊をする国をどう思うか
谷 法之


 1960年後半から1970年代、アメリカは新しい時代へと変わっていった。昔の考えを否定して、社会への考えと価値観が違う若者たちが現れてきた。「脱社会的」と言われ、麻薬や性への新しい考え、長い髪と独特の服装の人たち。そして彼らが作ったピースサインなどが有名である。ヒッピーと呼ばれるこの人たちがアメリカの「麻薬社会」を作り上げたのであろう。麻薬の問題は21世紀になっても変わらない。アメリカだけでなく、ヨーロッパなど世界各国で起こっている問題で、最近の日本では芸能人などが麻薬を使っているということが発覚するなど、「一度始まったら終わらない」問題となっている。そして、麻薬の影響は錯覚やハイなどではなく、依存症になること、死にいたるということである。依存症になるとなかなか依存から逃れることはできないまま、リハビリテーションへ行かなければいけない状態になる人もいれば、合成麻薬や大量に摂取することによって心臓発作を起こし、死ぬ人も少なくない。麻薬によって自己破壊する学生が存在する国は、先進国や発展途上国であっても、国として機能できなくなる。

 麻薬の大量摂取で心臓発作を起こし、植物状態となって元UCバークレーの学生が存在する。その学生の母親はUCバークレーへ大激怒している。それは大学側が責任を取っていないということで激怒している。「去年、カサ・ジンバブエで麻薬の過剰服用を行った生徒のお父さんはこのようなことが起きないように大学側に対策をもとめたが、大学側は何もしなかった。そして、私の家族はこの人と同じ悲劇を味わっている。」自分の息子が大量摂取によって植物状態になってことを大学への責任と指摘している。

 このように大学側への責任は間違っている。大学側は生徒たちの寮へ入り、私物を検査することは可能であるが、生徒たちも巧みな方法で麻薬を隠すことが可能である。そのため、大学側への責任よりも、使った本人の責任であるということが大きな問題である。麻薬を使う・使わないは大学側が決めるのではなく、個人個人が決めることである。少し使って幻覚を起こすのも、大量に服用して体に害を及ばすのも生徒一人一人の責任である。大学生は高校生たちと違って未熟でない。それは18歳以上で選挙権を持つことが大きな要素であり、二十歳以上は酒を飲めるという法律がある。このように大学生たちは「大人」であると考えられる。大学生たちは自分の行動に責任をもてる年齢で、麻薬を使う・使わないの判断を行える年齢になっている。

 麻薬で自己破壊をする国は国として機能できなくなる。それは若い世代の人たちが良い判断ができないという証拠であるからである。今の大学生たちでも死なない程度に麻薬を使う人たちは「影」で多いだろう。しかし、その人たちが大人になり、家族を持つ時には家族崩壊を行う。自分の子供の態度や行動に責任も持たない親たちが増えてしまい、国のトップはこの人たちへの特別な政策だけを考えることになってしまい、外交や国内の政策へ手が回らなくなる可能性がある。親は子供を生むという決心ももったのなら、子供の行動の責任を取る義務がある。その責任を果たさない親が増えれば民主主義の国は崩れてしまう。