エッセー 「今は隠れるゲームのときか、隠すゲームのときか」


エッセー
今は隠れるゲームのときか、隠すゲームのときか
谷 法之


 最近のかくれんぼは昔のかくれんぼと違うらしい。昔は鬼から逃げるため遊んでいる人は自分を隠すような場所を見つけていた。しかし、今では人形を隠し、その人形を鬼が見つけることがかくれんぼになっている。その考えは少しおかしい。

 昔のかくれんぼには意味があった。まず自分が隠れるような場所を見つけることがまず最初。隠れる場所を見つけることによって自分の体の大きさを認識、緊急時に隠れるような場所が分かる。走りまわる子供もいるから体を動かすことになる。隠れる場所を考えるから脳を使うことになる。現代のかくれんぼは体を余り使わない。人形を隠す場所を探すため、自分の体の大きさを理解することが出来ない。子供たちは走り回ることがなくなる。かくれんぼという遊びは子供にとっての運動と遊びであったのに、今は変わってしまった。

 現代の子供の遊びはテレビゲームなど、機械的な遊びが多すぎる。走る回る楽しさを知らない子供たちが増えている。かくれんぼは頭と体を鍛えるような遊び。今では頭を少し使い、体はまったく使わない遊びになってしまった。