エッセー 「生物と共生できない人間のテロリズム」


エッセー
生物と共生できない人間のテロリズム
篠島 匠人


 テロリズムは起きてはならない。首謀者でない限り、テロリズムの発生を望む者もいない。けれどもテロリズム自体は混沌とした現在の人間社会において全く不思議な現象ではないことを自覚しなければならない。私達は皆、何らかの形で人間の孤立化やテロの発生に加担しているのである。

 他の生物と共生することも出来ないのに、他の民族同士と「共栄」しようと論じるほうがおかしい。人間は脳を発達させ、武器という道具を手に入れた。生存や娯楽のために狩る、保温のために毛皮をむしりとる。畜産によって、動物を育てて食べる、定期的な食糧確保もするようになった。食料を貯めておくようにし、取られないように防衛機構を設けた。微生物に対しても発達した医療で容赦なく駆除を試みた。人間はいつしか人間のことしか考えなくなっていた。栗原康氏はこう言っている。「人間は二足歩行になった時点で、ほかの動植物との共生への道は絶たれたといってもよい。」狩りから畜産農業により食料の統制を実現し、さらに科学をつかったバイオテクでいっそう自然世界からは孤立していくことになる。

 当然、その人間の中にも、食料を得られる者と得られぬ者とで二分されるようになる。自分が生存するために他の糧を強奪する。争奪は生存競争だ。いつしか戦争のきっかけは単なる食料から、自らの領土、資源、利権、イデオロギー、宗教へと変革していった。皆が皆同じ考えで居られるわけがない。金子みすゞのように皆人それぞれ違って良いと考える人はいるけど、どうもそれに納得できていない。

 こんなに対立が蔓延した世の中で、テロリズムが起きないほうが不自然ではないか。当然このテロリズム、対テロ戦争にだって、イスラムの大義やアメリカの正義のどちらかが許されてよいということは無い。

 5月1日の作戦で、911テロリズムの首謀者とされたオサマ・ビン・ラディンは粛清された。「正義はなされた。」その一方で、アメリカが進攻したイラク・アフガニスタンの治安や経済は一向に回復せず、破壊するだけ破壊しつくして放置している。これがアメリカに向けられる新たな憎しみのきっかけになるということをどうして学ばないのか。中東一帯の貧困の大基を解決しなければ、真の意味での対テロ戦争は終結しない。中東の気候がひどいから、砂漠地帯だからというのなら、そこにあるべき森林を再生し、安定供給できる水源を用意し、人間と野生動物とが今一度、共生できる環境にするのが駐留した軍隊の使命ではないか。イラク派遣において、やるべき事は自然との戦いであり自然との共生であるということを理解していたのは日本の自衛隊だった。テロリズムを武力で解決するのではなく、自然との共生を経て解決するという視点を見なければ、終わる戦いも終わらない。