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小論 「戦時中日系アメリカ人に出来た不正への抵抗を、日本に住む日本人が出来なかったのはなぜか」

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小論
戦時中日系アメリカ人に出来た不正への抵抗を、日本に住む日本人が出来なかったのはなぜか
篠島 匠人


 第二次大戦中、日本は米軍の非人道的な都市大空襲を受けた。しかしそのことに対して謝罪を求める者はいない。その日の記憶を忘れまいとするための記念日も制定されていない。同時期、米国に住んでいた日系アメリカ人は強制収容によって非人道的な処遇をうけていたが、それに対して強く抗議し米国政府から公式に謝罪された人がいた。その人にちなんだ記念日が今年から制定されている。司法を盾にする米国に住み正義が何かを知っている日系アメリカ人とは違い、敗北によるコンプレックスを背負っている日本は抗議を潔しとしない変な価値観に縛られており、沈黙を貫いたままでいる。

 是松フレッド氏はオークランドで生まれた日系二世のアメリカ人だ。太平洋戦争開戦に伴い他の多くの日本人と共に立退き及び強制収容を命じられたがこれを拒否し逃亡、その後国家不服従の罪で終戦まで収監されることになった。判決に上告する法的な資格も失いながら是松氏は諦めず、終戦後40年近く抗議を続けた。1983年、連邦裁により前判決が無効とされたことで彼は無罪を勝ちとり、1988年米国政府による公式謝罪が発表され、当時生存していた強制収容者に対しそれぞれ2万ドルの賠償が支払われた。是松氏は自国の政府を相手にし、日本人・日系アメリカ人の自由と権利を求め、勝利したのである。カリフォルニア州シュワルツェネッガー知事は是松氏の誕生日である1月30日を州の記念日とする法案に署名した。

 太平洋戦争当時の日本も、米国によって大きな損害を被っていた。都市大空襲、原子爆弾投下、それぞれにおいて10万人近い市民が死亡するなどの被害を受けている。これは戦闘に参加しない国民を全て爆撃対象とし殺傷した、非人道的な無差別攻撃である。しかし、空襲当時こそ襲って来る爆撃機を迎撃しようとした軍人はいても、米国に対して戦後賠償を求めた人はいなかった。日本は抵抗すること無く、空襲されたままで済ませてしまっている。日本は負けたという自覚を強く持ち、負けた日本側が勝利したアメリカ側に抗議する資格は無いという先入觀に囚われている。日本で忘れてはならない太平洋戦争の記念日は原爆が投下された8月6日と9日、及び終戦記念日の15日とされており、3月10日の東京大空襲は特別な日にはなってない。
 
 全ての日本人が抵抗しなかった訳ではない。第二次大戦中リトアニアの領事館に赴任していた外交官杉原千畝氏はビザ発給条件を厳守する外務省からの命令に背いた。条件の整わないユダヤ人たちにも発給することを決断し、数千人のユダヤ人を救った話は知られているが、杉原氏にちなんだ記念日は制定されていない。彼は海外に赴任していたことで言論統制や皇国主義による絶対忠誠に縛られることなく、自分の信じる人道的正義を貫くことができた。しかしこのことを記念日として記憶に残さなければ、第二の杉原千畝氏も現れない。個々に良い日本人たちがいながら、その人たちを国の誇りとしないのは間違っている。
 
 日本人は日本で暮らすことで自分が属する社会に慣れてしまい、不条理を疑わなくなってしまう。だから謝罪も求めず、東京大空襲を記念日として制定することもしない。このままでは新たな歴史の波に押され、東京大空襲には死者の統計学的数値しかその価値を持たなくなる。同じ過ちを起こすことの無いよう、大空襲の経験者も自ら立ち上がってアメリカ政府に抗議し、謝罪を求めなければならない。

電子版投稿者: T.Sasajima

March 9th, 2011 at 9:28 am (PDT)