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エッセー 「Blood Libel で見えるペイリン」

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エッセイ
Blood Libel で見えるペイリン
篠島 匠人


 今回のアリゾナ州下院議員襲撃事件で、アラスカ州ペイリン知事がいかに常識外れなのかが明らかになっている。始まりは彼女のウェブサイトに掲載されていた画像だった。サラ・ペイリンは選挙戦で勝負となる民主党候補の所在を銃眼による照準の的として表現していた。そのうえ、Twitter に於いても彼女は「再装填せよ!」との呟きを残していた。この二つが主な原因となってマスメディアやインターネットで大きな反響を呼び、批判されることになった。


 しかしサラ・ペイリンが今回の行動に対して「軽率なものであり不適切だった」と詫びることは無かった。新たに掲載したビデオでは襲撃事件の犠牲者に対する追悼はあったが、それは冒頭のみの話であって、残りの時間を全て、メディアがペイリンを批判したことに対する反論に費やしている。開き直りの速い知事である。そしてついに彼女からこの言葉が出た。

“Within hours of a tragedy unfolding, journalists and pundits should not manufacture a blood libel that serves only to incite the very hatred and violence that they purport to condemn. That is reprehensible.”


 彼女は自分が批判されている理由を理解できなかった。とにかく今回の銃撃事件と自分がウェブ上でとった行動に関連性を持たせたくなかったのである。自分はあくまで民主党を批判するキャンペーンを行っているだけのことであって、それがあたかも銃撃事件への引き金になった、などと言い無実の罪を着せるような行動を報道関係者はとっている、と言いたかった。

 しかし彼女がそれを表現するために使った言葉 blood libel で自分の無教養を露呈した。 Blood libel とはユダヤ人がキリスト教の子供を誘拐、殺して彼らの血を手に入れたという、事実根拠のない嘘なのだが、一部のキリスト教徒がこれを真と信じてユダヤ人を殺害してきた経緯がある。ペイリンは自分がそのユダヤ人であるとでも言いたかったのだろうか。ペイリン自身はエヴァンジェリカル即ち福音主義者、銃撃されたギフォーズ議員はユダヤ人である。彼女の意図が隠喩だったにせよ、blood libel の歴史・宗教背景の理解をしないまま発言したのは明らかで、ユダヤ人や他のマスメディアが批判するのは当然であり、もし仮に理解し、その上で意図して利用したものならなお悪質だ。ペイリンの、政治家に必要な知性と理性の欠如が、今ここに露呈している。

電子版投稿者: T.Sasajima

January 26th, 2011 at 10:54 am (PDT)