小論 「中国と韓国の追い上げ、日本の悲観」


小論
中国と韓国の追い上げ、日本の悲観
中村 茉貴


 中国と韓国の追い上げを、日本は自国のマイナスにしか取らない。これは、競争・発展への消極的な態度の表れであり、ヘーゲルの「変動の精神」に大きく矛盾している。

 万物は歴史という存在の形にあり、歴史は発展を意味する。これがヘーゲルの哲学である。つまり、万物は常に発展するものである。そして、その一つ一つの歴史的過程は全て新しいものである、どの瞬間も、どれ程類似していようと同じものは何一つなく、又それらはその先駆者の必然の結果である、と。

 日本の経済は、現在衰退していると考えられている。経済大国二位の座をついに中国に譲り、好調な成長を遂げている中国、そして韓国等の企業に市場シェアを押されていっている。

 例えば、「日本で販売されている乗物の約95%、電子機器の約70%を国内の企業が製造している」というのが今までの日本の市場状況であった。しかし現在、その指数が変わりつつある。韓国のサムスン社ギャラクシーのスマートフォン販売によるものである。その人気は米アップル社の携帯をも凌ぐものであった。他にも、中国の自動車会社ヒュンダイの競争力上昇もある。日本の企業が市場シェアに関し、中国、韓国に押されている事が一目瞭然である。

 そして中国等は、更なる発展を求め、日本の技術者達を自国に呼び寄せ、雇用している、或いはしようとしている。これは故錦濤国家主席の掲げる「自主創新、」つまり「自主ブランド」製作への取り組みの一要素である。「世界に誇れる」日本の技術を、自国のこれからの競争力へ変えようとしているのである。これが、国際社会にも重要である、所謂、「頭脳流出」である。

 日本側は「のまれる先端技術」や「日本の頭脳引き抜く」などと称し、少なからず警戒心を表している。技術提供に協力することを承諾しても、「市場と相手方の技術力の進歩の状況をみながら、どこまでなら大丈夫か判断し、技術を教え」たり、という攻防的な姿勢である。偽商品や、東南アジア進出、尖閣諸島沖事件による、日本の中国に対する警戒心は理解できなくはない。しかし、それ以上に目立っているのは、日本の発展・開発的意欲の減少である。

 これらに対し、国際進出し、金融危機にも関わらずその進出をとめない企業がある。ユニクロである。ユニクロはつい一年前、ファッション大国であるフランスに拠点を作った。ファッションの最先端にいたいという若者達の心情を掴み、その売り上げは予想以上であったといい、更に四、五店舗の設立を予定しているという。ユニクロはGapと並べられる程有名な日本のブランドである。それが進出して来るという事は、フランス既存の衣類企業の経営・市場シェアを狭める事を意味していたのは否定できない。それでもフランスはユニクロの、日本の観点で言う「侵略」を、むしろ歓迎している、という事になる。


 日本はどこがおかしいのか。

 前述のサムスン社、ヒュンダイ社などによる、日本の企業から中国、韓国の企業への市場の移り変わりを受け、専門家達は「ソニーやシャープ、パナソニックなどの日本の企業は進出しだしているアジアの国々に比べ、開発し、消費者の要求の変化への対応が遅い」としている。日本とフランスの決定的違い。それは他国の技術・製品を受け入れられない、『自国の転落』そのものを恐れている事である。勿論、「二位じゃいけないのか、」と提案している訳ではない。しかし、ヘーゲルが『眠ることの恐れは進歩の死なのである』という様に、保守化する事で事実上のライバル国の発展を無視するのではなく、それに屈し、「市場の中で眠る」覚悟で凝視し、自国の発展へと繋げる必要があるのである。「日本の頭脳を引き抜く」・「のまれる先端技術」ではなく、「日本の頭脳の活用」・「更新される先端技術」とあるべきなのである。

 情報社会となり、政府でさえその機密文書を守れない程情報漏洩・ハッキングが増加している社会である。その中で、「変動の精神」にのっとるより、保守化し、相手の発展を妨げることに執着している事が、日本のおかしい点である。