小論 「スウェーデン・アカデミーが世界変革を試みる意図とは」


小論
スウェーデン・アカデミーが世界変革を試みる意図とは
篠島 匠人


 アルフレッド・ノーベルは遺言にこう残している。「換金可能な私の全財産は…安全な有価証券に投資された資本で持って基金を設立し、その利子は、毎年、その前年に人類のために最大の貢献をした人たちに、賞の形で分配されるものとする。」2010年、その主たる目的は無くなり、人類に貢献したというよりは、世界の国々、社会に対する最大の功労者が受賞されるようになった。ノーベル賞の5部門ははスウェーデン王立アカデミーによって決められている。スウェーデンが世界的な賞の地位を利用し、世界全体をスウェーデンを始めとする西欧社会そのものの理想にあわせようとしていることは明らかだ。

 今年ノーベル文学賞を受賞したのはペルーの小説家、バルガス・リョサ。ニューヨーク・タイムズは彼の受賞報道で、「スウェーデン・アカデミーはリョサ氏への授与を決めたことで、政治的な介入を再び行った」とコメントを残している。リョサ氏は1990年代にペルーの大統領選挙に立候補した経験を持ち、以来ペルーで積極的に活動を繰り返している。ラテンアメリカでは自由といった基本的な問題は解決出来ていないと彼は話す。彼は今回の受賞で再び政治介入を行うことを決意する。その後ろ盾となって幇助するのは、全世界を西欧社会の価値観に統一しようと望むスウェーデンである。こうしてラテンアメリカを西洋的な政治体系に改革しようと試みている。現在のノーベル賞では文学が文学として評価されない。従って他のノーベル賞候補者、例えば村上春樹が文学賞を受賞する機会は失われた。

 今年のノーベル賞自然科学部門はいずれも、基礎研究というよりは基礎「技術」を認められて受賞している。物理学賞は炭素新素材を開発したオランダのアンドレ・ガイム氏、米露のコンスタンチン・ノボセロフ氏に送られ、医学生理学賞はロバート・エドワーズ氏の開発した体外受精・不妊治療の技術が選ばれた。化学賞は有機化合物の合成法を開発した米リチャード・ヘック氏と、日本人の鈴木章、根岸英一両氏に贈られる。それまで、受賞した人の功績は技術開発ではなく、素粒子論の発表や中間子の発見に見られる、理論の研究や新発見を探し当てるなどした純粋科学だった。それはアカデミーの選考基準が後の人類の学術発展や技術にどれほどの影響を与えたかで決められたからだ。今、その基準は人類ではなく世界の国々の経済、社会的な発展に対する貢献となったため、その後の発展が見込まれる基礎科学は重視されなくなっている。世界に与えた影響が、受賞を決定する。自然科学3部門での技術開発による受賞は当然だ。

 今年のアジア系受賞者を見てもスウェーデン側の意図が見て取れる。先の鈴木章氏、根岸英一氏は科学者として受賞した。対して、中国国籍を保持する初めての中国人受賞者は作家・詩人の劉暁波氏、平和賞としての受賞である。日本が化学賞、中国が平和賞として受賞した差は、スウェーデンの中国に対する警告ととれる。民主化と人権の促進を進めようとする彼の受賞に中国政府は強く抗議した。ウォール・ストリート・ジャーナルでは「経済大国となった中国が世界とならぶ地位を得るには、基本的な人権において責任を果たすのは必然だ」とのスウェーデン・アカデミーの声明を発表。それは、人権が確立された西欧民主社会を、政治体制が根本的に違う中国共産圏に強要させる為に受賞させたものだと中国は警戒している。中国の「ノーベル賞は西洋の政治的な道具となり、我々の司法制度に挑戦をしかけている」という指摘は必ずしも暴論では無い。

 ノーベル賞は世界を西欧的価値基準で統一する手段として利用されるようになっている。西欧社会が望む方向へ社会を変えようとする活動。全人類が直接その恩恵を受ける事のできる技術開発や政治制度の改革。現代世界においては、いかなる賞であっても、価値を決めるにあたって政治判断を免れることはできない。逆手をとって、スウェーデン並びに西洋諸国の民主社会が望む通りの世界を技術や声明で提唱し、有言実行してしまえば、スウェーデンに目をつけられてノーベル賞の受賞が叶うのだ。