小論 「量子コンピュータ登場の意味するもの」


小論
量子コンピュータ登場の意味するもの
篠島 匠人


 クライトンが書いた小説「Timeline」に出てくるハイテク企業が開発した時空間転送装置では、量子コンピュータの技術が駆使されている。それまで誰も理解できない、常識では説明がつかないと言われた量子コンピュータが現実に登場することで、それまでの人間の認識も変わる。量子計算で実現するあらゆる種類のシミュレーションは、新世界を生きる人間にとっての叡智の集結といえる。

 現在利用されているコンピュータは、電流とそれを構成する電子が1ビット分のデータを持つ。この1ビットに0か1の二通りの状態を与え、それらを複合した羅列で情報を作り出す。その計算はビットの数、nの分だけ行う。量子ビットの計算ではそれまでのビットに加えて、0と1を量子力学的に重ねあわせる原理を利用し、一つの量子ビットに対し 2^n 分のデータを同時に出力できる。1つの値を埋めるという概念は撤回され、0と1が共有した表現が、この量子ビットだ。今まで利用していた電気ではなく、代わりに量子力学の性質を使った光子の半導体で量子コンピュータを実現する。

 ファインマンはこう言った。量子力学を理解できるものはいない。ボアも量子力学に衝撃を受けなければ、それを理解したことにはならないと述べ、ホーキングは今までの常識でモノを理解しようとすれば答えには辿り着けない、と話した。今までの0と1の区別化が量子力学で曖昧になり、あらゆるシステムはその歴史に様々な可能性を秘め、一つの時間の流れが絶対だとは断定出来ない。理解を超える領域に人間が入るためには、まず人間がそれを理解できるように認知システムをも量子世界的にするべきだ。クライトンはまず量子力学を身近なものにするべく、時間に矛盾を生じさせない量子コンピュータでの時間旅行を題材に小説を書いた。スリットに光子を通すことで観察できる現象。登場人物は最終的に現代にもどってくるので時空旅行だが、ここで作られた世界はすでに作られた一つの歴史を辿る平行世界である。両方の時代に、存在する人物と存在していない人物の可能性が重なり合っているわけだ。光子の数を増やせば増やすほど、その出てくる出力が天文学的になり、その数のパラレルワールドが作られる。

 光子の量子状態を操って状態保存したり、変更を加えたりすることが出来るようになれば、無数に出来うる平行世界の中で同時に異なる計算が可能になる。それは複数の演算処理装置をいくつも利用して並列計算する原始的な現代のスパコンではなく、量子コンピュータ単体だから行える、常識を越えた超並列計算だ。量子論を駆使した新しい世界では、現在の暗号技術が数分で全て解読される能力を持つ。同時に量子論を利用した新たな暗号規格が開発され、暗号はまだまだ研究対象として続く。解析結果がシミュレーションと同時に出来る量子コンピュータを利用して、物理的実験を必要としない飛行機なども作られる。数年立てば新しい世界が構築されていることもあり得る。身近な研究では暗号技術と次代シミュレーションで、私達の生活は、近いうちに量子力学とコンピュータを抜いてしまえば成り立たなくなるのだ。