小説 「スパイ」

小説
スパイ
山本 遥香


「はっはっはっはっは。やっぱり今の時代、楽が一番だよな。」

今から約3年前のこと。三村卓也はまだN社働いていた。自分の家庭があって、毎日必死で家族のために働いた。毎日疲れて帰ってきてもこどもの寝顔を見るたびに安らいだ。お金に目がくらむようなやつでもなかった。そんなある日、ことは突然変わってしまった。      

 いつものように朝起きて朝食を食べ、お弁当をもらって出勤すると、なぜか社員は皆泣いている。一歩一歩自分の机に近づくたび心臓が高まる。エレベーターは階段を使ったほうが早いぐらいゆっくりだった。やっとついたと思ったら机の上にはダンボールがおいてある。何が何なのか状況が理解できなくて隣の斉藤さんにいわれてやっとわかった。

「私たち、今から荷物をまとめてすぐに会社を出なきゃいけないの。これからすぐに警察が来る。三村さんも早く荷物をまとめて出たほうがいいよ。」

「え??なんで?」

「実は上のほうの人たちがお金を悪いように使ってたらしくて、今まで会社がうまくいっていたように見せかけて、本当は去年あたりからどんどん会社の株も下がってたらしいの。」

斉藤さんは泣きそうになりながらもこの状況を説明してくれた。頭がガンガンして目の前がぐるぐるする。今考えられるのは・・・家族の事だけ。これからどうしよう。こんなこと妻にも言えない。まだ子供も5歳だし、もし実家に帰るなんて言い出したらどうしよう。何もかも失ってしまったらどうしよう。

荷物をまとめ終わっても頭の中はそのことでいっぱいだった。


 途方にくれながらゆっくり会社を出た。気持ちはどん底で、心は真っ暗だった。もう何もかも終わりなんだ。いっそのこと自殺でもしたほうが楽になるんじゃないかとも思ったが、そんなことしたところで何の解決にもならないし、家族が困るだけだ。しょうがないのでいったん荷物を置きに家に帰ることにした。

「ガチャッ。」

 家の中はシーンとしていて誰もいなかった。それもそのはずだ。まだ朝の9時。出勤してから1時間しか経っていないんだから。きっとあゆを幼稚園に送りに行ったのだろう。とりあえず気持ちを落ち着かせたくてコーヒーをいれた。でも一人で飲むコーヒーはいつも以上ににがくて、それが余計、不安にさせた。とりあえず、いったん寝て頭をリフレッシュさせてからその後仕事のことは考えることに決めた。

 ベッドにはいってもなかなか寝付けなかったが、目が覚めたときには時計は3時を過ぎていた。またぼーっとしながらリビングに行くと寝る前に使ったコーヒーカップがおいてあった。それを見て、失業が夢ではなく事実だということを改めて実感した。これから家庭を支えていくためには、どうしてもお金が必要なんだからなんとしても仕事を見つけないとと自分に言い聞かせた。そう意気込み、玄関の戸を閉め、また外に出た。もう空はオレンジ色だった。

 当てもなくぶらぶらしていると、「仕事さがしてるん?」と一人の男の人が話しかけてきた。

「別にそういうわけじゃないですけど、ただひまだったんで、ぶらぶら歩いてただけです。」

というと、

「わかりやすいうそだなぁ。顔に仕事探してますって書いてあるのに。いいこと教えてやろうか。この道をまっすぐ行って突き当たりに社員を募集してる店があるからいってみ。」と言ってくれた。見掛けによらず、親切そうな人だったので、とりあえず、

「ありがとうございます」といっておいた。またその人にあったのは一週間後だった。


 言われたとおり、まっすぐ歩くと右のほうに社員募集中というポスターを貼った店を見つけた。少し古そうな感じの店だったが、今すぐに仕事を見つけなければいけない状況だったために、とりあえず入ってみることにした。

 中に入ると、これもまた見ためとは遥かに違う感じの店で、ビルの中にありそうなところでカウンターがあり、デスクが何個かおいてあった。いったいここは何をするところなんだろう。不思議に思いながらきょろきょろしていると、奥から女の人が出てきた。

「こんにちは。どなたかしら?」

「あっえーっと・・・。三村というものですけど。実は仕事を探してまして、外の張り紙に社員募集中と書いてあったもので立ち寄ったんですが・・・。」

「あっそーだったんですか。私は川島といいます。立って話すのもなんですし、こちらへどうぞ」

「ありがとうございます。」

「それで、仕事でしたよね。こちらもすぐに人材が必要だったので、ちょうど良かったです。是非明日から来てください。」

「あのー・・・、まだここがどういった店なのかも良くわからないんですが・・・」

「あっごめんなさいね。その前に自己紹介もまだだったわね。私は青井桜って言います。ここの会社は私の父が経営してて、私はアシスタントみたいな感じです。それで、仕事のほうなんですが、主に荷物を運んでもらうことになると思います。」

「えっ???!それだけですか?それだったら配達屋と同じじゃないですか!」

聞いててもなぞだらけの店だ。おまけに明日から採用なんてありえない。いくらアシスタントといっても決めるのは上のひとじゃないのか?そんな疑問を抱えながら話を聞いていると、心を読み取ったかのように

「私の父は出てこないし、なんだこの会社は!と思っているでしょう。でも大丈夫。そのうち私の父と会う日が来ると思うし、ここは意外とお給料も高いのよ。だから明日から来てちょうだい。朝9時ね。今はほかの人たちは配達でいないけど、明日には会えると思うし。」

「はぁ。」

あまり納得のいく説明ではなかったが、とりあえず明日から来ることにした。

「それじゃあまた明日」そういってドアを閉めた。


仕事は見つかったが、帰り道もぱっとしなかった。いくら仕事がみつかったって前みたいに安定している仕事じゃなさそうだし、それに今日失業して、さっき仕事を見つけてきたけど・・・なんて妻にいえるわけがない。とりあえず黙っておくことにした。



「ただいまー。」

そういって家のドアを開けたのは夜の10時すぎだった。

「お帰りなさい」

いつもならご飯を食べ、お風呂に入って、テレビを見ながらくつろいで、寝る。でも今日はあまり食欲もなくてお風呂に入ってもゆっくりできず、テレビをみずに寝ることにした。そのおかげで、目覚めは良かった。まだ朝の7時半。時間は余裕だ。とりあえず朝食を食べて、スーツ選び。なぜか宅配なのにスーツなのだ。まぁ少し変わっている会社だが、職が見つかっただけましだ。


会社に着いたのは9時10分前。社員は約7名。それぞれのデスクの上に封筒や箱が置いてある。どうしていいのかわからず、たっていると、昨日の女性が現れた。

「おはようございます。来てくれてありがとう。これからよろしくね。」

「こちらこそよろしくお願いします。」

「とりあえず、今日の仕事は自分のデスクの上にある封筒を左端に書いてある場所に持っていくだけ。そこに行けば底に書いてある名前の人がいるはずだから、その人に渡してちょうだい。あとは、この紙に書いてある場所に行くと同じように誰かがいるはずだから、今度は封筒を持って帰ってきて。ただし絶対に中は開けないこと。それだけよ。」

「わかりました。それで、全部終わったらどうすればいいんですか?」

「それであなたの仕事はおわりよ。」

「ほんとにシンプルなんですね。」

「そうね。だから気軽にやってちょうだい。ただし、絶対中はあけないこと。」

そういわれ、いくつかの封筒をバックの中にいれて、出発した。


言われたとおり、指定された場所に行き、封筒をわたしたり、もらったりした。会話はなく、ただ渡したり、もらって帰るだけ。仕事は本当に簡単で、仕事は早ければ2時には終わる。あまりにも早すぎて、行くところに困るぐらいだ。

 新しい仕事についてから1週間が過ぎた。ちょうど仕事にも慣れてきたころ、また同じ場所、同じ時間でこの会社を紹介してくれた人に会った。

「よお!元気でやってるか?あの時はズーんとしてたけど、今は楽しそうなオーラが出てるね。良かった良かった。

「このたびは本当にありがとうございました。」

「いや。別に俺はただ紹介しただけだし。それより、封筒の中身、なんだかしってるか?」

「いえ、あけてはいけないといわれているので・・・。」

「そうか。今封筒持ってるか?」

「持ってますけど、それがなにか?」

「いや、ちょっと貸してみな。」

ビリッビリッ。いきなり封筒を開け始めた。あわてて取り返そうとしたが、封筒の中身も気になったので、一緒に中を見た。

中には一枚の紙が入っていた。紙にはわけのわからない数字が書いてあった。それだけみて、男は去っていった。

なんなんだ一体と思いながらも紙を封筒の中に入れなおし、気を取り直して封筒を渡しに行った。



それから2日後、出勤すると、川島さんがあわてている。そして近くに来るなり

「おととい、封筒開けたでしょ!!!」と怒鳴ってきた。

あまりの怒鳴り声に驚いて、小声で「開けましたけど」というと、今度は泣きそうな顔で、「なんで開けちゃったのよ・・・」といってきた。

「何でって言われても、ここの会社を紹介してくれた人が開けたんで、一緒に見たんです」と正直に話すと、

「やっぱり・・・。もうだめだわ。この会社もこれで終わりよ。」と泣きじゃくる。

よくよく話を聞いてみると。この会社は実はスパイをする会社らしい。たとえばA会社に勤めている社員がもっと儲かりたくてほかの会社の資料をほしがっている場合、ここに資料をもらいにくるらしい。そのために、封筒は開けてはいけないという原則なのだそうだ。さらにおととい会ったあの人は別の会社で働いており、ずっと資料を狙ってうろついていたらしい。運よく三村を社員にすることに成功し、資料も見ることができたというわけなのだ。

「ほんとにすみません。そんなこと全然しらなくて・・・。」

「もういいわ。まだ一週間しかたってないけど、もう明日から来なくていいわ。急だけど、約束を守れないようじゃ、うちの会社でやってけないよ。」

「そんな・・・・。」

「早く荷物をまとめて出て行って。」

「働いた分の給料は・・・?」

「そんなのあるわけないでしょう。ここまで大問題を起こしたんだから。」

「そうですよね。すみません。それじゃあ僕は荷物をまとめて出て行きますので・・・。」

「そうしてくれると助かるわ。」


「それじゃあ、失礼します。」

それだけ行ってドアを閉める。また一週間前と一緒だ。失業。でも、今回の件でわかった。世の中そんなに簡単なもんじゃない。仕事を見つけるのにも苦労するし、仕事だって楽なものはないんだ。でも僕には家族がいる。その人たちのためにがんばらなければいけないんだ。だからあきらめない。どこまでも。