小説 「俺は誰だっけ?」

小説
俺は誰だっけ?
上畠 啓輝


Introduction


 スパイとは、国家そのほかの団体が秘密にしている情報をひそかに、あるいは虚偽、買収などの手段を用いて探知、収集し、対立関係にあるほかの国家や団体の利用に供する者である。スパイはどこのどいつがやっているかなんてわからない。でも顔が割れてしまえば、自分の情報がいきわたって、自分も、家族も、友達も危ない目にあってしまう。だから目的を果たすために、「自分」を自分じゃなくする。自分の名前を変え、自分の性格も変え、自分の顔なども変えたりする。偽の家族も作ったりもする。ターゲットに近い何も知らない一般の人と”付き合い“、その人もターゲットも騙す。その関係は一ヶ月続けば、何年も続くこともある。これを指令が出るたびに行う。次々と新しい「自分」が出来上がっていく。でも数多く存在するスパイの中では、頻繁に「自分」をコロコロと変えていくうちに、本当の「自分」が誰だかわからなくなっていく者もいる。本当の自分以外でいるときは、その存在しない人の名前は自分の名まで、その人の過去は「自分」の過去だということを頭に叩き込んでいる。その存在しない人として長い間生活しいるから、どんどんその日が本当の「自分」だと思ってしまう。でもまたその後また新しい自分が出てきて、「自分」だと思い始めていた自分がいなくなってしまう。これが何回もおきている間、本当の「自分」の存在を覚えとかないんといけない。本当の「自分」と、偽者の「自分」を両方の全部の情報を覚えておくことが、ストレスとして蓄積してしまう。そして、なんかしらのショックを受け、すべての記憶が消えてってしまう。それで完全に自分を無くしてしまうのである。この話は、「自分」を無くしたスパイの話である。



The Beginning


 Maxter Limitedとういう大手衣料品ブランドがあり、その三十二の若社長は薗崎綱紀。このブランドは、日本中の若者を虜にし、ものすごい人気を得ている。経済効果も何億円といわれている。経済の暗黒時代を救ったのもこの会社だといわれている。まだまだ伸びることが期待されとり、今最も注目を浴びている会社である。社長自身も人気で、テレビの仕事もバンバン来ている。そしMaxter Limitedの副社長をやっているのは、本田俊。三十歳の男性で独身。背は高く、かっこよく、知的でということで、周りの女性社員にモテモテだった。俊にはこなせない仕事はなく、どんな難題も解決してきた。本田俊と薗崎綱紀は二人とも世間では英雄と呼ばれている。


Who Are You?


 だかこの俊は表向きの俊だった。いや、それ以前に「本田俊」なんて人はそもそも存在しないから、表も裏もクソもない。どこの国の市町村の役所に行っても、「本田俊」なんていう人の名前は出てこない。だって「本田俊」というのは、適当につけた架空の名前だから。背が高く、かっこよく、知的で、周りの女性からモテモテということ以外は全部真っ赤なうそなのだ。「本田俊」の本当の名前は、一篠隼斗。本当の年齢は、二十九歳。本当の職業は、日本国家のスパイなのである。隼斗は物心がついたころから、スパイとして活動していた。隼斗の両親は二人とも日本国家のスパイであり、隼斗と同じように活動していた。二人とも、第一線で活躍する優秀なスパイで、頭脳的にも身体的にも優れていた。隼斗がおなかにいることを知ったと同時に二人ともスパイとしての生活に終止符を打った。そしてはやが生まれ、楽しい三人の生活が始まろうとしていた。だがある夜、一篠家が寝室で寝ているとき、全身黒の男が入ってきて、隼斗の両親を暗殺し、来た道を戻って逃げ去った。これが起きたとき、隼斗はまだ一歳手前だった。隼斗の両親の上司だった上原一樹は責任感を感じ、隼斗を引き取ることにした。でも上原は独身で、子育ての経験が一切なかった。何をどうすればいいのかわからなかった。何ヶ月かはがんばったが、やっぱりどうすればいい皮からない。そこで上原はこれが何かの縁だと思い、隼斗が二歳になったときに、自分のコネクションをフル活用して、全寮制の少年スパイ育成専門学校に入れた。ここは、ゼロ歳から十八歳までの学校で、いったん入ったら、十八歳になって、卒業するまでは、絶対出られないという学校なのである。そして、その後も日本国家の本部に認められないとスパイ活動もできなければ、やめることもできない。ここの生徒たちは、皆現役スパイからスカウトさらたひとしかはいれない。そしてスカウトを断ることもできない。スパイの学校ということはもちろん世の中で知っている人も数えるほどの人数だ。総理大臣すら知らないTOP SECRETを超える学校なのである。生徒たちの親には、ただの学校としか言っていない。抜け出そうとしたら、どこかに連れて行かれる。「捕まったら、学校の地下に連れて行かれ、死ぬまで出てこられない」や「地下に連れて行かれ、体全身の骨をボキボキと折られ、殺される」などといううわさが少年スパイ育成専門学校の生徒の間で話されている。そのうわさのおかげ、脱走者をした人も、試みる生徒はほとんど出なかった。

 毎日、朝五時におきて、一周二キロほどある校庭を十周走らされた。その八時に後朝食をとり、八時半から四時まで国語や数学といった普通の科目を普通よりはるかに難しいレベルでみっちりやった。昼食の時間はもちろんある。その後は、実践で行うこと訓練した。自己防衛や、銃の使い方や、ドアの様々な開け方や、敵に気づかれない方法などをみっちり頭に入れた。毎日のように何人も怪我人が出た。そしてそのとは、いろいろな機械について学んだ。最後には、朝にやった一周二キロほどある校庭をまた十周走らされる。その後は、夕食で、やっと落ち着いて寝ることができる。食べる時間にも休む時間は何回かあるが、ほんの五分だけ。このような地獄が毎日続く。

 この学校で毎日やっていることは、どっからどう見ても一般の常識からかけ離れている。周りの生徒たちのほとんどは中学から入ってきたから、普通の学校生活を知っていて、慣れているから、最初は疲れから倒れるのも珍しくなかった。毎日疲れや痛みのせいで、前にある勉強に集中してやることができなかった。自分はここの疲れから死ぬんじゃないかと思いながらやっているから、半分ぐらいしか頭に入らなかった。だが隼斗は最初からいたからおびえることは一切なかった。ほかより真剣の取り組むことができた。優秀な両親二人の血を受け継いでいるってこともあって、そこの学校で習うフィジカルなことや、頭脳的な事を無理なくこなすことができた。

 そして、数年後、隼斗は十八歳になり、桜が咲く季節がやってきて、卒業の時も一緒に来た。少年スパイ育成専門学校もほかの普通の学校と同じように卒業式を行った。今年は、今までの年よりは、逃げ出す脱落者の数は少なく済んだ。この学校はTOP SECRETの学校だからそこではすることはできない。だから本校ではやらずに近くにある廃校を毎年二ヶ月ほど貸し切り、きれいにして卒業式を行っている。隼斗は、主席と過去最高の成績いう輝かしい功績を残して、卒業することができた。そして、隼斗をはじめとする少年スパイ育成専門学校の生徒たちは日本国家のスパイとしての人生が始まるのだった。


Spy Operation


 卒業式の次の日から、東京都港区の日本中央情報局の本部で日本国家の下でのスパイ活動が始まった。スパイといっても、完全なる新人だった隼斗は最初は本部で地味なデスクワークばっかりやらされていた。この時点では、はっきりいって普通にそこいらにいるサラリーマンとはまったく変わらない仕事だった。いや、OLとほとんど変わらないといったほうが正確だろう。書類を集めたり、プリントしたり、会議のときにその書類を配ったり、コーヒーを入れたりしていただけ。一ヶ月、二ヶ月、三ヶ月と時間はたっていくうちに、書類の内容はもっとディープな内容にはなっていったが、それでやっていることは全然変わらない。書類を集めたり、プリントしたり、会議のときにその書類を配ったり、コーヒーを入れたりということを続けているだけ。会議にも参加さしてもらえなかった。少年スパイ育成専門学校で培ってきた知識がまるで意味を成していない。平凡だがつまらない日が、ずっと続いた。

 そしてかれこれ三年ほど経とうとしていた。隼斗は二十一歳になり、立派な大人となっていた。そしてこの三年、かわらず書類を集めたり、プリントしたり、会議のときにその書類を配ったり、コーヒーを入れたりしているが、たまに会議に参加させてもらえるようになった。だかこれでも入社したころのOLみたいな仕事とはほとんど変わらないことは間違いない。こんな生活に飽き飽きしていた、隼斗はいっそうのこと辞めて、普通の会社に入ろうかと思っていた。今まで培ってきた知識が詰まった自分の自慢の頭脳や、いままでとって来た様々な賞があったら、どこの会社でも簡単に入れる自信があった。そして数日後、やめることを決意した。その次の日、上司で部長の桐嶋唯志の元に辞表を届けようとしたときのことだった。桐嶋部長が隼斗を自分のデスクのほうに呼んだ。隼斗は自ら辞表を出さずに、やめさせられると思いながら、桐嶋部長のほうへ向かった。                                                                            
 「何でしょうか部長?」

 桐嶋部長は何も言わずに隼斗に紙の束を渡した。

 「えっ、どういうことですか。」

 「お前に今から愛知で仕事をしてもらう。愛知には、也三谷奏多という警察の情報をいろいろと持っているやつがいる。その情報は全部ヤバイものだ。前意から追っていたが、今どこで何しているかがまったくわからない。そこでお前にやってもらいたいのは、そいつを探し出して、とっ捕まえてこい。お前が今まで扱っていた資料、お前も読んでいたろ?それがこの案件だ。そして今らお前は、安西篤だ。そいつについてのことは全部今やった資料に入っている。その情報を全部頭に叩き込め、わかったならとっとと行け!」

 こうして最初のミッションが始まった。隼斗は百ページほどある資料を一日で目を通し、相手の情報も偽の自分の情報も完璧に覚えた。そして次の日の朝早くに愛知県に向けて車をとばしたに。六時間ほど経ってとき、車は愛知県に着いた。まだ昼ぐらいだったから、さっそく親戚だの言いながら、情報収集をしていた。それを続けること三十分、いい情報はまだひとつもない。そんなだらしない自分を責めていると、前から男がやってきた。隼斗はそいつが通り過ぎる瞬間、目が合った。   「あれ、あいつ見たことがある。誰だっけなあ。」
ふと手にあった也三谷奏多の写真を見た。

「やべっ、あいつじゃねーかよ。」

 と言った時、也三谷は全力で走り出した。それを見た隼斗も全力で走り出した。少年スパイ育成専門学校で走る速さもナンバーワンだった隼斗は見る見る也三谷に追いついていった。

 「待てコラー!」

 数十秒間の逃走劇の末、也三谷は隼斗に簡単につかまった。隼斗は也三谷奏多の身柄は東京都港区の本部に送り、自分も本部に帰った。

 隼斗は、こんなあっさり終わってしまったミッションにすこし心残りがあった。こういうミッションは普通、何日もかけて行うものなのに、一時間も経たずに終わってしまった。上の人たちから運の強いやつだとか、思われたくなかった。今回は実際に運だけだったのかもしれないが、今度からそういう目で見られるのがいやだった。実力があると思ってもらいたかった。

 こうして、上の人たちのことを考えていたら、その上の人たちから、来るようにといわれた。ついになんか言われるのかと思いながら、その上の人たちが待っている会議室に向かった。

 「コンコン、失礼します。何か御用でしょうか。」

 中に入ったとき、五人のいかつい顔をしたおじさんたちが座っていた。そして一人のおじさんがしゃべりだした。

 「君には、またこれからいい仕事をしてもらいたいね。君には結構な腕があるねえ、期待しているぞ。言いたかったのはそれだけだ、戻っていいぞ。」

 「あっ、はい。ありがとうございます!失礼しました。」

 言われると思っていたことの正反対のことを言われた。隼斗はものすごい気分が上がった。そしてこの日を境にものすごいスパイとしての仕事が一気に増えたし、仕事のレベルもどんどん上がっていった。活動期間は平均一ヶ月という比較的短いが、中身は非常に濃厚なものだった。仕事は日本だけにとどまらず、世界各国を転々するようになった。そして事件が起きた。


The Happening


 隼斗はミッションでまた東京に戻っていた。日本中央情報国に、旧ソ連軍が極秘では開発していた新型ウィルスの「皇帝の牙」が日本に密輸されたという情報が入ってきた。本部が調べたところ、最近急激に勢力を拡大してきている暴力団の蜷川組が、ロシアのマフィアから「皇帝の牙」を買い付け、それをテロリストに転売し、膨大な資金を手に入れようとしていることがわかった。その取引を水際で防ぐには、問題の蜷川組に入り込み、内部情報を聞きだして、様子を探る必要がある。隼斗は、その極秘任務を任せられ、また新たな偽りの自分を演じることになった。そして今回の「自分」は、実際に存在する人物になることになった。その人物とは伝説の殺し屋、ホリケンこと堀中兼二。ホリケンは、関西では名をはせており、闇の社会で知らないものはいない。いつも使う武器は、たこピン。だがやりすぎてしまって、関西の暴力団に恨みを買ってしまった。追われる身となってしまった今は海外へ逃亡している。ホリケンはなぞばかりの音だから、隼斗はホリケンに成りすまし、潜入捜査を開始することになった。

 そして作戦の開始の日に、ホリケンに扮した隼斗は蜷川組がよく出入りするキャバクラに行った。組長の蜷川は一番奥で若頭と手下何人かといっしょに若い女の子たちと騒いでいた。『ホリケン』は駆け込み、

 「おお、そこにおるやんけ。」

 すると若頭が、

 「お前誰だ?」

 「ほー、俺の事知らんやつがおるんかいな。是也から江戸の極道はあかんのや。」

 「お前は、相当の命知らずか、ただの馬鹿だ!」

 「気をつけや。このホリケンを怒らしたらえらい目にあうで。」

 この言葉に怒った若頭がホリケンに殴りかかろうとした瞬間、組長の蜷川が、

 「まあ、ちょっと待ちな。おまえがあのアベケンか。」

 「さすが組長、よくご存知で。わては組長の首を取りに来たんちゃう。ただ頼みがあってきただけだ。」

 「なにかね。」

 「わてをしばらく面倒見てくれまへんか。わしぐらい使える男をそばに置いといたら、組長さんも助かるんちょうの?」

 「ほお、言うじゃないか。おもしろいじゃないか、お前が気に入った。うちで面倒見ようじゃないか。」

 「さすが蜷川の組長はん、話がわかるなあ。」

 「今日から阿部君は打ちの客人だ。」

 そういい、みんで蜷川組の事務所へ向かった。蜷川組に取り入った隼斗は、無事客人として組に潜入することに成功した。

 ある日、『ホリケン』がくつろいでいるとき、蜷川と若頭の鶴山に呼び出された。蜷川と鶴岡に人のいない部屋に連れて行かれた。そこで『ホリケン』は二人に若頭補佐の並木を殺してと頼まれた。蜷川組を大きな取引を前にしている。並木の妻は病気で入院している。だから並木は警察にその事実を明かし、組を裏切って、組をつぶさせようとしている。組はそんな人間が邪魔だと思い、『ホリケン』に殺害を頼んだ。それも早急にとのことだ。“ホリケン”が本物かどうかを疑う鶴山は、並木を始末させることで、正体を見極めようとした。その場では、了解はしたが、本物の暗殺者でもないし、目的がほかにあるから本当にやることはできない。

 隼斗はどうすることもできないから、何日も何もせずに日が何日も経っていった。鶴山は、なにもせずに毎日をすごしている『ホリケン』にいらだっていた。毎日のように『ホリケン』に早く並木を始末しろといっているが、なにもしない。そこである日、鶴山は『ホリケン』に対して切れた。

 「おい、お前いつになったらあいつを始末するんだ?」

 「まあ、待ちーな。俺には俺のやり方があるんや。もうちょっとの辛抱やから待ってろや。」

 「もう待てないから、お前にこうして言いに来てるんだろうが。今すぐやりに行け。」

 「俺には俺のやり方あるって言ってるんじゃろうが。」

 こうしているうちに一人の人物が蜷川組の事務所に殴りこんできた。容姿は、隼斗が資料で読んだ本物の『ホリケン』とそっくりだった。

 「おい、組長を呼べ、ザコじゃ話にならん。」

 隼斗をそいつの前に行きしゃべりかけた、

 「一人で乗り込んでくるとはいい度胸してるな。」

 「ザコは引っ込んろといったやろうか。」

 「ザコにザコといわれたないな。わしが誰だかわかっとんか。」

 「そっちこそわしが誰だかわかっとんか。」

 「わしはなあ…」

 隼斗が堀中兼二となのろうとしたとき、相手が、

 「わしはあのたこピンの堀中兼二じゃぞ。」

 本物の堀中兼二は自分が本物だという証拠をあらとあらゆるものを回りの人に見せ付けた。早とも自分につけた偽の傷跡を見せ付けた。だがひとつ隼斗の証拠にかけているものがあった。ホリケンの腹には、ほれた女の名前が刺青で入っていた。だか漢字は苦手だから、おかしなことが書いてあった。隼斗はそのほれた女の名前を正しく入れてしまった。そこで周囲の目は一気に隼斗の方を向いた。隼斗はあっという間に囲まれ、つかまってしまった。同時に意識も吹っ飛んだ。

 数十分後、隼斗の目は覚めた。体は縛られていて、足にはでっかい石がロープでつけられていた。がまったく身動きが取れなかった。そして港の真横で座っていた。回りをキョロキョロしていると、組長の蜷川が前に立ち、いった。

 「残念だったなあ、これでゲームオーバーだ。」

 そういって、蜷川は隼斗のことを港に蹴り込んだ。そのまま車に乗り込む、立ち去っていった。隼斗は必死にももがいた。意識もどんどん遠のいていった。その遠のく意識の中で、ナイフを靴のそこに隠してあるのを思い出し、とりだした。それを使って、必死にロープを切った。切り落としたはいいが、足についていた石が頭を思いっきりあて、意識がまた吹っ飛んだ。

 次の日、隼斗はお台場の浜辺に流れ着いていた。隼斗は目が覚めたとき、自分が誰だかわからなかった。普通の学校で習うような一般常識は覚えていたが、自分がどっから来て、今まで何をしてきたのかがまったくわからなかった。ものすごいあせった。そこの通りかかったのは、ある男だった。その男は最初のほうで出てきた、まだ三十歳だった薗崎綱紀。まだMaxter Limitedを立ち上げたばかりで、自分以外社員が一人もいなかったから、社員を募集していたところだった。

「君の名前は?」

 「わからない。」

 「そっか。どう思い出させればいいかわからないから、俺はお前のことを本田俊と呼ぶ。いいよね」

 隼斗はその時点では自分が誰だかまったくわからなかったから、反対する意味がなかった。

 「あ、うん…」

 「じゃあ俊、お前自分が誰だかわからないなら、いく場所も働く場所もないだろ。うちで働いちゃいな。」

 こうして二人の栄光への道が開いた。薗崎綱紀はMaxter Limitedの社長で、本田俊は、副社長ということになった。俊はある程度の知識は頭に入っているが、会社のことなんか一切知らない。だから薗崎綱紀に一から十まで全部教えてもらった。俊は必死に会社のことなどを勉強した。時間が経つにつれ、社員の数が見る見る増えていった。会社のサイズもどんどん大きくなっていった。そして最初に言ったような知名度なども手に入れた。

 一方の港区の日本中央情報局では、彼の捜索はしていたが、一向に見つからない。どこを見ても情報がなぜか見つからない。だから死んだとみなされた。そして情報を手に入れるはずだった「皇帝の牙」の所在地もわからなくなり、調査は振り出しに戻った。この状況は一篠隼斗はとっていいのかもしれない。危険なスパイの仕事をしないで済む。だが日本にとっては「皇帝の牙」がまだ出回っているっというのは全然よくない。