小説 「某年某月某日」

小説
某年某月某日
中村 茉菜


 すっきりと晴れた日のことだった。空が夕日に染まりかけ、夕食のにおいが家中を漂う、父が仕事から帰宅し、新聞を広げていた、いつもと何一つ変わらない日。そう、何の変哲もない平和な日。

 「ドンドン。」

ふいにドアを叩くものすごい音。何かにかすかにひびが入ったのを感じたような気がした。

 「どなたかしら。」

母がそういって手を拭き、エプロンを取ろうとして手間取っていると、

 「マイケルとリサ・バラインはいないのか。」

父と母を呼ぶ男の太い声と重なる拳の音がしたかと思うと、あっという間に家の中に入ってきた。私は得体の知れない恐怖に駆られ、母の元に駆け寄り、彼女にしがみつきながらもすでに新聞から顔を上げていた父の元へと引っ張った。また何か静かに壊れてゆく。


 「マイケル・バライン、リサ・バライン。お前たちには我々についてきてもらう。」

一人の男が口を開いた。

 「嫌です、と行ったら。」

 「力ずくでも連れて行く。」

 「...」

一瞬の沈黙。しかしそれを父が破った。

 「断る。私たちは何もあなた方に反することはしていない。リサ、」父は母に向かい、「早くクリスを連れて逃げろ。ここは僕が何とかする。話してもわかる人達じゃない。」

こう告げた。

 しかしただの外務省の役人と専業主婦がいかにも鍛えられたように見える男たちにかなうはずがなかった。瞬く間に父も母も取り押さえられ、子供の私にも当然なすすべはなかった。

 「おい、こいつらを車に乗せろ。もたもたするな。」

リーダー格の男が命令し始めた。両親は手を背中に押し付けられ、動かされた。

「お父さん、お母さん、」

すかさず私が駆け寄ろうとしても上着の襟をつかまれ、後ろに引きずられた。

 「その子を放しなさい!汚い手で触らないでちょうだい!そのこをどうするつもり!」

母が必死に抵抗しながら叫んだ。でも男は嘲笑うように、

「さあな。お前たちは知らなくていい。なんたって首相の命令だからな!裏切り者の子は皆俺たちしか知らないあそこにぶちこむのさ!」
と言い放ち、けらけらと笑いながら私を持ち上げ、父と母とは反対の方向に歩き出した。

「やめて、放して!」

私は思い切り男を蹴り、叩いたが、髪を引っ張られ、やめざるをえなかった。

 みるみるうちに親の姿はなれて行き、しまいには見えなくなった。それでも私を担いだ男は歩き続けた。治安の一時的な悪化による夜間の外出禁止令のため、他の人影は一つも見当たらなかった。

 それからどれくらい経っただろうか。途中で目隠しをされた私がやっと目隠しもはずされた辺りを見渡せるようになると、視界に入ったのは見知らぬ町の中にたたずむひとつのみすぼらしいアパートであった。中に入ると、

 「ほらよ。」

その言葉とともに私は床に放り投げられた。

 「ここが今日からお前の家だ。金は親が一人娘のお前のためにととっておいたものがある。それを使って生活するんだな。」


そして壊れた。
私の中の幸せな世界が。

ただただ、
粉々に、
音も立てずに、


壊れてしまった。


一粒の涙が頬を伝う。

男たちが去った後、ただ一人、世の中から切り離され、残された。

 そして私は誓った。権力を振りかざし、無実のものに罪を着せるこの国とその政府に、復讐を。


十年後


 あの憎い日からずいぶんの月日が流れた。私は猛勉強し、ありとあらゆる分野に存在する知識を取り込んだ。そして国の飛び級システムを利用し、国際関係学や政治学などを専攻した大学院までを二十歳で卒業した。そして国家公務員I種試験、外務省専門職員試験、国家Ⅲ種試験などを受け、外務省に入省した。

 そこで私はケモア、バスロ、リラなどの隣国の外交官との国境や国交問題に関する交渉の成立などから実績が認められ始めてから約四年が過ぎようとしていた。

 「すみません、バレットさん。」

 「はい、なんでしょう。」

 「明日から再びリラ国の訪問をしてほしいとの事ですが。」

 「はい、分かりました。ですが今回は何のために。一ヶ月程前に国境関係の改善のために行ったばかりじゃないですか。」

 「それがもう一度リラ国側がその事で話し合いがしたいと言ってきたそうです。」


 「そうですか。では、必要な書類を遅くても今夜までに集めておくようにと秘書に伝えておいて下さい。」

 「了解しました。では。」

 「さようなら。」

 近頃、リラ国との間の行き来が頻繁になっている。いくら今までが順調に進んでいてもここでもう一踏ん張りせねば大臣などからの信用を失ってしまう。気をつけねば。そう考えていると、

 「ねえケイト、今日はめずらしく仕事が早く片付いたから今から私達と食事にでも行かない。」

 「ううん。今日はいいや。明日からリラだから帰って支度しないと。誘ってくれてありがとう。」

 「そっか。じゃあまた今度。バイバイ。」

私はせっせと荷物をまとめて帰路についた。



 「ただいま。」

 「よう。早かったな。」

 「何よルカ、悪い。」

 「おかえり。」

 「晩ご飯もうすぐできるよ。」

 「ただいま、マヤ、ありがとう、カイ。」

私は親から引き離されたときと同じアパートに住んでいる。でも今はルカ、カイ、そしてマヤも加わり、にぎやかになっている。しかも皆私同様親を国に奪われた者同士、心の奥底に深い悲しみを秘めている。

 「で、何でこんなに早く帰ってこれたんだ。」

 「そうそう、明日からまたリラの国に行くことになったから。」

 「えー、クリスお姉ちゃん、また?」

 「うん、ごめんねマヤ。でもルカ君とカイ君と一緒にいい子にしててね。」

私はそっと彼女の頭をなでた。

 「みんな、準備できたよー。」

 「はーい。ほらほら、しけた顔しないで行こ。カイの料理冷めちゃうよ。」

少々ふてくされたマヤをせかし、私たちは夕食を食べた。

 その夜、ルカがマヤを寝かしつけ、旅の支度の最終段階に入っていた私のもとにやってきた。

 「二人とももう寝たよ。」

 「そう、ごくろうさま。もうルカも寝ていいよ。」

 「その前に話があんだけと。」

 「なあに。」


 「今回はリラに何しに行くんだ。」

 「何って、外務官としての仕事よ。」

 「それだけか。」

 「何でそんなこと聞くの。」

 「だって俺たちには何か言ってないことあるだろ。」

 「別に何もないわよ。」

 「隠すなよ!」ルカはそう言い、さっと立ち上がった。目に見えて怒っていた。しかし他の二人を起こすまいと高まる感情と声を押さえながらこう続けた。「言わなくても俺には分かってるんだ。クリスがあっちの人達に機密情報を行くたびに提供してること。リラが昔はユラの植民地でそのときのリラ人の扱い方とかに今でも不満を持っていること、非行を償ってほしいとリラ国政府が要求していること、全部知ってるだろ?なのになんで俺やマヤやカイに一言も喋ってくれないんだ。」

 「なんだ。ばればれか。」もう彼に隠す必要はないし、隠そうとしても無駄だ。

 「ルカ、あなたになら分かるでしょ。私達の親も、あの子達の親も無実の罪を負わされたのよ。しかも直後に容赦なく死刑にされたわ。容赦なく、他国に情報を漏らしたスパイだといわれてね。父はユラに忠実な人だったのに。その忠誠心からはよい結果は生まれなかった。あなたたちも同じ。町中のテレビでニュースを見たでしょう。「裏切り者」の処刑のモザイク画像、そして字幕に大きく載せられた数々の名前を。だから私は子供のころに誓ったの。権力を振りかざすこの国の腐敗した政府を根こそぎ変えてみせるとね。しかもリラの国の人々の願いも叶えてあげられる。そのために手を向こうの外交官たちと組んだのよ。そのためにケイト・バレットなんて偽名を使って優秀な人材として自分を作り上げてきたの。もちろん、与えられた任務もこなすわ。」

 「でも、そんなことをしたらリラ軍が攻めてくるんじゃ。」

 「じゃあ、あなたは先祖の国ということ以外に心残りはあるの?ルカ、あなただってマヤだってカイだって外では偽名を使っているじゃない。本名を使っても周りにいる人が側にいてくれると思うの?殺されなくても名前は親のものと並んで放送されているのよ。「裏切り者」のレッテルはすでに貼り付けられてるの。例え同い年の子が覚えていなくても彼らの親が覚えていて、次第に皆あなたを迫害するようになるわ。」私もどうあがいたって外務官にはなれなかっただろう。政府の秘密警察は大きな問題を起こさない限り子供、もしくは子供であった者をマークしないのが幸いだった。

 「うん...」

ルカはなんとなく頷いた。

 「はいっ、この話はおしまい。もっと話したかったら私が今度帰ってきてからね。寝不足じゃ仕事ができない。」

 「うん。おやすみ。明日気をつけて。」

 「サンキュー、お休み。」

それとともに家の最後の電気が消えた。

 次の日、夜明け前に私は荷物を持ってアパートを出た。いったん外務省に立ち寄り、秘書がまとめてくれた資料の入ったパソコンを持ち、ユラ国際空港へと向かった。午前五時の飛行機に乗り、リラへと飛んだ。

 三時間後、リラの国際空港に到着した。そしてそこから関係者専用の車に乗り換え、外務省本部へと向かった。本来ならリラの外務官と対談するはずたが、私の待遇は少し異なってる。外務大臣と副大臣までもがよほどのことがない限り出向いてくれる。首相にも一度だけ対面したことがあるが私のことを気に入ってくれたようだ。もはやリラ国政府の中に敵はいない。私の復讐の手助けとなってくれる。 

 どうしてそんなことが断言できるのがと聞く人がいるかもしれない。だがそれは単に私がユラを嫌っていると同時にユラ国民でもあるからだ。ユラ国は輸入のごく一部しかリラ国に頼っていないが、リラは食料や燃料など様々な必要品を私の国から輸入している。私が協力関係を解除し、ユラに対しリラが陰謀を企てていると知らせれば、たちまち輸入ラインは断ち切られ、リラ国民が大いに苦しむことになる。しかもそれは用心に用心を重ね、話し合いをひとつも録音したり録画したりしておらず、私が居合わせた証拠もないために十分可能なことなのだ。資料も全てデータ化されたものであり、会場も会議終了直後に清掃されるため、DNA等の一切残らない。そう思うと、思わずククッ、と笑いがこぼれた。

 「どうしたのかね、クリス君。」

 「いえ、何でもありません。それよりストーン大臣、クリスではなくクロスと呼んでくださいと何度もお願いしてるでしょう。」

 「そうか、すまんすまん。」

 「大臣、クロス外務官、そろそろ本題に。」

 「まずは外務省の者らしい対談をしましょうか。国境問題の解決のためのリラ国側の要求とは具体的にどのようなもので。」

 「我々としては植民地にされる前に国の領地であったサリ諸島とミラの町の返還ですな。あそこは多くのリラ人の祖先が住んでいた所で今でも返還を求める声が強い。」

 「そうですか。ユラに帰ったときにできる限り働きかけてみます。」

 「頼んだよ。」

 「他には。国境以外でも何か。」

 「そうだな...」

 会議は二時間ほど続いた。

 「さて、クロス君。」小休止をとった後にストーン大臣が口を開いた。「君はとても用心深いね。この中には君の見方しかいないというのに。」

 「いつ、どこで他の人の耳に何が入ってしまうのか把握できませんから。そして大臣たちにとっても都合がいいはずです。私との関係が否定しやすっくなる。」

 「それもそうだ。」

 「まあ、それはさておき、こちらの本題に入りましょうか。前回までにユラ国の現状の元凶は堕落し、権力に溺れた政府、特に首相です。国民の多くは恐怖で圧迫され、「裏切り者」としてマークされたくがないために死にものぐるいで働き、国を成長させている。決して国全体が貧困に陥っている訳ではありません。だけどいくら貢献しても疑いがかけられたり邪魔者になったりすればただちに捕まり、殺される。でもそんな圧制的な政府の致命的な弱点に気づきました。いいですか、それは...。おわかりいただけたでしょうか。もしそうであれば来月九日、今から約三週間後に行動を起こすことをお願いしたい。その前までの準備は迅速かつ秘密裏に進めることが最適と考えられます。」

 「すばらしいよ、クリ、いや、クロス君。では今回はこれで終えるとしよう。今後もよろしく。」
ストーン大臣の差し出した手を私は強く握った。

 「こちらこそ。では、失礼します。」

そして私はその夜をホテルで過ごし、早朝の便でリラを出発し、ユラへと帰った。



三週間後


 八日の夜、私はベッドにいつも通りの時間に入ったが、なかなか寝ることはできなかった。

 そして運命の九日、いつの間にか寝てしまった私は目を覚まし、カーテンを開けてみるとまだ空は暗かった。だが私はすばやく普通のシャツとジーンズに着替え、他の子を起こさないようにそっと抜け出した。ひたすらリラとユラの国境近くまでへと走り続けた。そこにはすでにストーン大臣達の姿が見えていた

 「やあ、クロス君。もうクリス君と呼んでも良いのかな。こちらの準備は万端さ。しかし...おや?そこに隠れているのはお仲間さんか?」

 「いえ、誰も連れてきた覚えは。」

 「では得体の知れぬ者は生かせとけん。撃たせてもらおう。」

とその時、

 「待って、クリス。」

茂みから飛び出してきたのはルカだった。まだパジャマ姿のままだった。

 「ルカ、なんで。」

 「やっぱり。リラのやつらと協力してるじゃないか。何も家族のはずの俺達に告げず。」
 「ルカ、これは」

 「クリス君、私から言わせてもらう。時間がないので単純に言うと我々はこの国の核を壊す。無駄に国民を殺す真似はしない。幸い首相邸はここから近い。ほとんど気付かれずに進めるだろう。しかもクリス君はとても良い情報をくれた。ユラは他国との問題のほとんどが解決され、国民が絶えず抑圧されているため、軍事力が微妙に衰えているとな。それに加えて今日は建国記念日だそうではないか。皆仕事は休みだというし、政府周辺の警備もおかしなことに緩和されるそうだ。これより良い機会はそうまわってこない。そうだろ、青年よ。」

 「はあ。」

 「では軍の総長官に集合させてもらった隊を速やかに首相官邸などの並ぶ地域まで移動しよう。」

 リラの軍隊は徒歩で移動した。それでも目的地についても空はまだ明るみを帯びていなかった。私が先頭になり門の扉の鍵を慎重にフックで開けた。そして合図とともにグループに分かれ、政府関係者の拘束へと身を投じた。ルカは隊員一人と外に残した。

 私はただ一人、首相官邸に侵入した。よほど気が抜けているのか、警報機が一つも鳴らなかった。膨大でいりくんだ建物の中をひたすら走り、首相の寝る寝室へと向かった。目の前に辿り着いた時には銃を構え、思い切りドアを蹴り破った。バン、というものすごい音を立て、開いた。さすがに首相は跳ね起きていた。

 「誰だ。」

 「首相、私のこと、ご存知ありませんか。外務省のものです。ケイト・バレットです。」

 「ああ、噂で若いのに優秀と騒がれている子か。」

 「当たりです。でも本当の事は何も知らないでしょうね。」

 「本当の?」

 「本名はクリス・バライン。あなたの命令で殺された外務大臣の娘よ!あなたはその首相という座に長く居座りすぎた。そして力に酔いすぎた。」私は引き金に手をかけた。「退陣するときですよ、首相」

 「な、何を言う。護衛を呼ぶぞ。」

 「もう遅いわ。仲間がすでに何とかしています。あなたに奥さんも子供もいなくて良かった。」

そして一気に引いた。

 ウッ、という声とともに首相は倒れ、白いシーツを真っ赤に染め、動かなくなった。

 彼の側近も拘束され、私の復讐劇は幕を閉じた。十年前に壊れてしまった平和は戻ることはない。しかし新たな始まり、改革の章に幕が上げられた。